ネイビーブルーの恋~1/fゆらぎ~

第13話 告白 ─side 勝平─

 ヨーロッパのツアーに参加したのは本当に思いつきだったし、まさかそこで一緒になった女の子と仲良くなるなど想像もしていなかった。俺も悠斗も音楽が好きで、仕事のことを忘れたいときはよくクラシックを何時間も聴いていた。バッハの〝アリア(G線上のアリア)〟は特によく聴いた──落ち着きすぎて寝てしまうことも多かったが──ストレスでなかなか眠れなかった時期は、オフタイマーをセットして繰り返し聴いていた。
 自分達が警察官だということは、ツアー仲間には秘密にしておこうと決めた。仕事を聞かれたときには公務員とだけ答え、あとは適当に誤魔化して違う話題に変えた。
 それでも仕事柄か、困っている人を見ると放っておけなかった。莉帆と佳織のことは行きの飛行機から目についていて、莉帆が英語が苦手なことにもすぐに気がついた。だからウィーンのフリータイムを少し助けてあげようと声をかけた。佳織は英語ができたので特に不便はなかったようだが、カフェザッハーのメニューがドイツ語だったのは想定外だったはずだ。
 莉帆のことが気になりだしたのは、コンサートの帰りに佳織を人混みから守って歩いた後だ。佳織は既婚で莉帆は未婚の傷心旅行だとも聞いていたので、傷ついた状態の莉帆に優しくしている悠斗が羨ましくも思えた。恋バナのような話はしなかったがいつの間にか俺と悠斗の会話に莉帆の名前が出ることも多くなり、どちらが早く彼女と仲良くなれるか競うようになっていたと思う。
 彼女から元彼のことを聞いたとき、警察だからいくらでも頼ってくれ、と喉まで出かかった。それでも言わなかったのは、言わないように悠斗と決めていたのと、彼女に避けられるのが怖かったからだ。警察だと知った途端に距離を置かれたり、無理を言いに来る奴が多かったので、普段から職業は隠すようにしていた。
 既に彼女への気持ちは芽生えてしまっていたし、帰国してからも仲良くしたかった。時期をみて、仕事のことを話すつもりだった。悠斗も同じような考えだったらしく、大筋では賛成してくれた──ただ一点、俺が莉帆と付き合うことは不満だったらしい──。

 クリスマスに悠斗と歌ったのは、本当にただの趣味だ。
 イベントの存在を知って初めて参加してから、何回か出ているといつの間にかトリを務めるようになっていた。休みの日に音楽を聴いたりカラオケに行くくらいしかしていないが、上手いと評価されているらしい。今回も出演することは早くに決まっていたし莉帆にも伝えるつもりだったが、残念ながらその前に彼女とは気まずくなってしまった。悠斗が話してくれたようで莉帆も来てくれたが、また変な別れ方をしてしまった。
 莉帆からは元彼のことを、もう少し詳しく聞いておくべきだった。詳しく聞きすぎて怪しまれたとしても、それでも彼女を守るためなら必要な情報だった。
 年明け早々に事件はないだろう、と高をくくっていたが──そうやって毎年、希望は打ち砕かれる──、地下街で女性が男に襲われている、と通報があって、急いで駆け付けた。一緒に行った後輩には男を追ってもらい、俺は女性のケアに回った。同時に彼女の友人が来て対応してくれたが、まさかそれが莉帆と佳織だとは思いもしなかった。
「勝平さん……?」
「やっぱり、莉帆ちゃん?」
 近くの店の従業員がストールを持ってきてくれたのでそれを莉帆に掛けながら、俺は猛烈に反省していた。もしも元彼のことを詳しく聞いていれば、防げた事件だった。しかも後輩は元彼を見失い、そのことでも彼女を不安にさせてしまった。
「さっきのは、例の元彼?」
 莉帆はただ(うなず)くだけだった。
 先程より落ち着いてはいるが、震えはまだまだ止まっていなかった。何とかしてやりたかったが、佳織のほうがそれは適任だろう。
 通行人や近くの店の従業員に話を聞きながら、俺は莉帆が落ち着くのを待った。莉帆が何も言わないのは、元彼への恐怖と、俺が警察官だったことへの驚きからだろう。
「立てるか……?」
 現場のことは後輩に任せ、俺は佳織と莉帆を連れて交番に戻った。莉帆はようやく落ち着いてきたので、詳しい話を聞いた。仕事とはいえ、嫌なことを思い出させるのは非常に辛かった。
「さっきの女性(ひと)、先輩の彼女ですか?」
 莉帆と佳織が交番を出たあと、後輩はにやけながら俺に聞いてきた。
「いや、ちゃうちゃう」
「でも、二人で会いたいって」
「あ──いろいろあってな。たぶんまだ、俺の片想いやわ」
「先輩ー! 頑張ってください、応援しますよ!」
 莉帆が〝二人で会いたい〟と言っていたのは、話を聞きたいとも言っていたし、俺のことを前向きに考えてくれる決心がついたからだろう。いつかは恋人に立候補したいとは伝えてあるし、なれる可能性が高いとも聞いていた。隠すことは何も無くなったので、それなら今度こそ本気で気持ちを伝えることにした。
 帰りに莉帆のマンションに行ったのは、心配なのもあったが単純に会いたかったからだ。
「どんな些細なことでも良いから教えて。外出するとき、ちょっとでも安心してもらいたいし」
「はい……」
「何なら、都合あえば俺が一緒に行っても良いけどな」
「……え?」
 俺が何を言いたいのか、わかるようなわからないような顔だ。
「前にも言ったけど、あ──言ってないか……。旅行のときから莉帆ちゃんのこと気になってて、いつの間にか好きになってた。だから、もっと仲良くなったら、自分から警察って打ち明けるつもりやった」
 莉帆は言葉に悩んでいるのか、何も言ってこない。
「俺と、付き合ってもらえるかな」
「──ごめんなさい」
 まさかの展開に頭が真っ白になった。OKをもらえると信じていたので言葉の用意がない。
「あの──、今すぐには無理、っていう意味です」
 それを聞いて安心したが、理由を聞きたかった。
「私も、勝平さんのことは好きです。一緒にいたいし、警察っていうのも、気にしてないです。でも……、気になる人が、他にもいるから……ごめんなさい」
 申し訳なさそうに言いながら莉帆は(うつむ)いた。俺も嬉しさと悲しさが入り乱れてぐちゃぐちゃだったが、叫びそうになるのを必死に我慢した。
「それなら仕方ないな……」
「あっ、でも、今のところ──一番良いと思ってます」
「……他に何人いるん?」
 俺は努めて冷静に聞いた。
「二人、です」
 ふぅ──、とため息をつきながら、俺は一人の男を思い浮かべた。格好良くて、後輩の面倒見も良い奴だ。
「二人とも多分、私のことは気にしてないと思うから……。諦めついたら、改めて返事します。良い返事できると思います」
「そのうち一人って──俺が知ってる奴?」
「……はい」
「なるほど……強敵やなぁ」
 とは言ってみたものの、彼が莉帆に(なび)けないことは既にわかっていた。理由は口止めされているので言えないが、少し寂しい話だ。残る一人を想像しながら、勝てると信じて顔が緩んでしまう。
「わかった、待ってるわ」
 あまり長居をしても迷惑だろうと思い、話を切り上げて帰ることにした。俺が玄関へ向かうと莉帆も後を追ってきた。
「話戻すけど、くれぐれも、外出るときは気を付けてな」
「はい。……おやすみなさい」
「おやすみ」
 最後に莉帆は何か言いたそうにしていたが、言わない方の選択をしたらしい。気にはなるが俺はそのままマンションを出て、自分の部屋へ戻った。
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