ネイビーブルーの恋~1/fゆらぎ~

第2話 おにぎりと空へ

 秋、九月の下旬。
 空港には何度も来たことがあるけれど、国際線のロビーにはあまり縁がなかったのでまだまだ迷ってしまう。旅行会社から届いた案内をもとに団体受付カウンターを探し、莉帆と佳織は参加するツアーの名前を探した。
「えーっと、中欧の八日間……あった」
 待っていた女性添乗員に挨拶をし、目的地到着までの簡単な説明を聞いた。莉帆と佳織は関空発着組で、フィンランドのヘルシンキで乗り換えのときに成田発着組と合流するらしい。
「あと、ガイドさんの説明を聞くときに広がってしまうと聞こえないので、これをつけてください」
 受け取ったのは、無線のイヤホンだ。だいたいは日本人ガイドが説明してくれるけれど、現地の英語ガイドも一人いて、それは添乗員が通訳してくれるらしい。
 搭乗までは時間があったので、ツアー特典のラウンジでゆっくり過ごすことにした。
「去年もラウンジ使える予定やったけど、使えんかったからなぁ」
 一年前の海外旅行にもラウンジのチケットはついていたけれど、台風で関空が冠水してしまったお陰で名古屋発になって結局使えなかった。だから今年は楽しんでやる、と莉帆も佳織も出発前からはしゃいでいる。
「莉帆……朝ごはん食べてきたんやろ?」
 そう言う佳織の視線の先にあるのは、莉帆が取ってきたサンドイッチとフルーツとソフトドリンクだ。
「食べてきたけど、美味しそうやもん。いただきまーす。佳織も食べる?」
「いや……飲み物だけ取ってくる」
 軽食を取りながら、窓から離着陸の飛行機を眺めながら、二人でツアーの内容を確認していた。今日はこれからフィンランドに向かい、乗り換えてハンガリーに到着したあとは宿に向かうだけだ。
「十一時間かぁ。長いなぁ」
 フィンランドまでで九時間、そこからハンガリーまでが二時間。乗り継ぎの時間も含めると約半日だ。
「てことは……日本と時差が、サマータイムでマイナス七時間やから、……現地の夜八時くらいに着くけど、日本時間なら夜中やな。って、莉帆、また……」
 莉帆は今度は、おにぎりをいくつか取ってきていた。飲み物をお代わりしに行くと、拳の半分サイズのおにぎりがテーブルに並んでいた。
「さっき無かったんやもん」
 けれどそれは結局は食べずに、鞄に入れてヨーロッパへ持っていくことになった。

 保安検査を済ませて搭乗ロビーに行くと、他のツアー客たちと添乗員が話しているのが見えた。フィンランドまで乗るのはフィンエアー──乗り心地やサービスはさておいて、アメニティがほとんどmarimekkoなので特に女性に人気の路線だ。ビジネスクラスやエコノミーの前の方にはスリッパと、アイマスクや歯ブラシなどが入ったポーチもついていたらしいけれど、後ろの安いエコノミーではクッションと膝掛けのみだ。
「それでもクッションはありがたい」
 長時間座っていると腰が痛くなるので、実際に莉帆は何度も姿勢を変えた。
 離陸から数時間後、昼食の時間になった。通路側に座っていた莉帆は配られているのを覗いたけれど、乗務員が〝fish or beef?(魚と牛肉とどっちにしますか?)〟と言っているのはわかったけれど、それぞれが何の料理なのかは全くわからない。
「フィッシュオアビーフやって。どうしよかな。フィッシュにしよ」
「えー、莉帆も? 私も魚にする!」
 機内には日本人乗務員もいるので声をかけてください、と日本語でアナウンスがあったけれど、残念ながら莉帆は彼女の姿を見ることはなかった。大きな機体だったので、遠くの席を担当していたのかもしれない。
〝Fish or beef?〟
「フィッシュ」
〝OK〟
 英語を流暢には話せない莉帆でも、これくらいは分かる。ただし、頑張って英語っぽく喋ってみたけれど、発音がどうしてもカタカナ英語になる。飲み物を何にするか英語で聞かれたので、聞き取れたいくつかからgreen tea(緑茶)を選んだ。
 それは、正解だった。隣に座る佳織が同じ魚料理を受け取ってから、二人で一緒にメインディッシュの蓋を開けた。中には和食の味付けがされた鱈が入っていた。一緒に出された和蕎麦にも、緑茶は合うだろう。ちなみに選ばなかった肉料理は、すき焼きだったらしい。
 各座席にモニターがついていたので、莉帆は食後は機体に着いているカメラの映像を見ていた。もちろん──雲の上を飛んでいるので、映るのは雲ばかりだ。飛んでいる場所を見てみても、何度見てもロシア上空だ。隣の佳織は眠ってしまっていたので莉帆は映画を見ていたけれど、それも飽きて途中から眠った。
 日本時間の夕方頃、フィンランド到着の一時間ほど前に二回目の食事が出た。〝rice or noodle(米と麺とどっちにしますか)〟と聞こえたのでまた二人で同じriceを頼むと、カレーが入っていた。
「日本出発やから日本食なんかな? ヌードルは焼きそばみたい」
 近くにいた人が食べているのが見えた。カレーは温めすぎてご飯が固くなっていたけれど、焼きそばも同じくカチカチだったらしい。味は特に不満はなかったので、美味しくいただいた。
「でも、オレンジジュースと全く合えへん……」
 佳織は飲み物にcoffeeをもらっていたけれど、珈琲があまり得意ではない莉帆はblack tea(紅茶のストレート)をもらおうと思った。けれど、残念ながらないと言われた。こんなものがありますよ、と乗務員は教えてくれたけれど、その英語が莉帆にはほとんど聞き取れなかった。隣の佳織に助けを求めたけれど、佳織も同じく分からなかったらしい。唯一聞き取れたのがオレンジジュースだったことが悔しかったけれど、聞き取れただけ良かったことにした。

 ヘルシンキで成田組と無事に合流し、乗り換えを経てハンガリーのブダペストに到着した。荷物が行方不明になった人もなかったので安心し、空港からバスに乗り、ホテルに向けて夜の町を走る。添乗員が簡単に町の案内をしてくれているけれど、全員が疲れているのでほとんど反応はない。
「それでは明日の朝、九時に集合でお願いします。今日は皆さんお疲れだと思うので、ゆっくりお休みください。あ、時間わかりますか? 今、夜の八時──」
 添乗員がホテルにチェックインしてくれている間も誰も何も話さず、ただ同じツアー参加者を眺めて解散になった。男女比率はどちらかというと女性のほうが多く、年齢は様々だ。夫婦や女性同士が多いけれど、男性同士も何組かいた。
「はぁー、疲れた……」
 荷物は一旦置いておいて、莉帆はベッドにダイブした。何もしていないけれど、長時間座り続けた移動で体は少々だるい。先ほど添乗員が夜の八時と言っていたけれど、日本時間にすると日付が変わった夜中だ。
「お腹空いた……お菓子食べようかな……あっ!」
 何かを思い出して莉帆は起き上がり、鞄の中を見た。そして取り出したのは、ラウンジから持ってきたおにぎりだ。
 佳織と二人でおにぎりを食べて翌朝の出発準備を済ませてから、二人は眠りについた。よく寝た!、とパッチリ目覚めたときにまだ数時間しか経っていないのは、体がまだ日本時間から離れていないから。海外旅行の時差ボケあるあるだ。
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