つれない男女のウラの顔

上目がちに俺を捉えた瞳が微かに潤んでいるのを見て、もしかして花梨も俺と同じ気持ちでいるのではないのかと思ってしまった。


“男性と話している時に赤面すると、惚れてるって勘違いされちゃうんですよね”


けれど、以前花梨が言っていた言葉を思い出し、その考えをすぐに頭の中から消した。

どこまでが練習?これも全部両親のため?父親の夢を叶えるために、花梨は好きでもない男とキスまで出来るのか?

花梨は今、何を考えてる?


「あと1回だけ、練習(・・)してもいいですか?」


こっちの気も知らないで煽ってくるなよ。どこでそんな台詞を覚えてくるんだ。

1回なんかで足りるわけがなく、何度も唇を重ねていると、花梨はずっと息を止めていたのか、苦しそうに吐息を漏らした。その声にハッとして唇を離したが、本音を言えばもう少しだけこの時間が続いてほしかった。






部屋の前、別れ際。デートはどうだったかと問われ、正直な気持ちを全て伝えた。その理由は、カフェでの会話を思い出したからだ。


“だって、こんなにもストレートに口説かれたのは初めてで…さすがにキュンとしちゃいました”


男の子に口説かれた時に花梨が零した言葉。
いい歳した大人が5歳児に刺激されてしまった。

俺の言葉も、少しは響いただろうか。


そんなことを考えていた矢先、不意打ちで頬にキスを落とされた。どうしてすぐに抱き締めなかったのかと後悔している。



手が届きそうで届かない。
予想通りどんどん抜け出せなくなっている。


“京香”のいない未来なんか、もう考えたくもない。


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