つれない男女のウラの顔
episode3
「花梨さん、なんだか雲行きが怪しくなってきたから、そろそろ帰った方が良いかも。一雨降りそうよ」
井上主任の声でハッとした。いけない、私ったらまたぼーっとしてた。
今日の私は少し変だ。朝から頭の中が成瀬さんでいっぱいなのだ。それはなぜかというと、昨夜のベランダでの出来事はもちろんのこと、実は今朝も彼と接触したから。
朝の7時頃、私が部屋から出た直後の話。
成瀬さんと私の部屋の間の壁に、彼が背を預けて立っていて、思わず目を見張った。
たまたま、というよりは、私を待っていたと言った方が正しいと思う。私を視界に捉えた彼は、驚く様子もなく「おはよう」とクールに放った。
そんな彼とは反対に、私は内心テンパりながら「おはようございます」と返した。するとそのままゆっくりと此方に近付いてきた彼は、手に持っていた何かを突然差し出してきた。
それは昨日私がプチトマトを入れて渡したボウルだった。
「なかなか美味かった。ごちそうさま」
ボウルを持ったまま固まる私に、成瀬さんは淡々と紡いだ。いつもと変わらず無表情だったけど、その言葉にはどこかぬくもりを感じた。
「(本当に食べてくれたんだ)」
踵を返した彼の背中を見つめながら、胸がきゅうっと苦しくなるのが分かった。
成瀬さん、やっぱり優しい人だ。