冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
喫茶店に入ると、既に莉子の兄は到着していて給仕の者が席に案内してくれる。

「…お兄様…。」
莉子の感無量の声で、司はその男の顔を見る。

「莉子…。」
立ち上がったその男が、兄の正利だと直ぐに分かる。

学生時代に剣道を通して繋がった縁をまた今繋げる。そんな思いで司は見つめる。

「お久しぶりです…。
覚えておられますか?以前一度、剣道でお手合わせをして頂いた事があるのですが、森山正利と申します。」

深く頭を下げる男に、面影を見つける。

「もちろん覚えています。今日はわざわざ時間を作って頂きありがとうございます。」

司が笑顔と共に丁寧にお辞儀をして、莉子を奥の席に先に通す。
歳は司の方が上になる、しかし身分を思い決して言葉を崩す事はしたくない。そして、大切な莉子の兄上だ。と、慎重になるのは致し方ない。

司はこれまでの莉子と出会った経緯をかい摘んで話して聞かす。

そして、今でも森山家の援助が出来なかった事を悔やみ、出来ればこれからでも手を貸して行きたいと申し出る。

「どうか、莉子殿を私の手で守らせて頂く権利を与えて頂きたい。」
と、正利に頭を下げる。

「願っても無い申し入れ、こちらとしては大変嬉しくありがたいです。どうか、よろしくお願いします。」
正利は嬉しそうに言う。

いつか妹達を取り戻し、父の代わりに2人を支えて行こうと思っていた。
お家再建には及ばないながらも、普通でいい、3人で助け合って生きたいと…。

それだけが正利のたっての願いであり、生きる意味だった。だけど現実は厳しく、未だ手探り状態の毎日だったから、いつの間か妹に結婚話しが出るほど大人になっていたんだと実感する。

しかも、まさかこんな良縁に恵まれるなんて思ってもいない事だった。

長谷川 司、
今や日本の大企業となる長谷川商会の御曹司であり、誰よりも憧れる男だ。正利自身こんな男になりたいと、学生時代目標にもしていた憧れの先輩だ。

首を横に振る訳がない。

「どうか莉子の事、よろしくお願いします。貴方なら大事な妹を何の心配も無く託せます。」
正利の満面の笑みを見て、莉子も司もホッとした。

「良かったです。
正利さんは昔から快活明朗な人柄であったから、きっと反対はされないまでも、降って湧いたような話しには慎重になるのではと心配でしました。」

司は心底安心した。

「いいえ、それよりも没落した家の人間にこうやって、頭を下げて下さる貴方のそのお人柄に、僕は感動しています。
莉子良かったな。幸せになれ。」

正利がここに来て始めて優しい兄の顔になり、莉子に微笑み、頭を優しく撫ぜて幸せを祈る。
< 86 / 222 >

この作品をシェア

pagetop