弱みを見せない騎士令嬢は傭兵団長に甘やかされる

1.退団の日

 その日、ミリア・レトレイド伯爵令嬢は王城騎士団執務室を去った。彼女は齢19歳で女性初の第二騎士団長となり、そこから3年を過ごした。最初は心無い部下もいたが、それもほんの数ヶ月。彼女には天賦の才があり、剣術の腕前も、人々を率いることも、どちらも十分すぎるほどの実力があったからだ。

 だが、そんな彼女は魔獣討伐で遠征をした際に、なんと左足を負傷してしまう。普段はまったく問題はないが、一定以上左足を使うと激しい痛みが発生する。そんな状態では、騎士団長としての務めもままならない。馬も長時間は乗り続けられなくなったので、彼女は潔く退団を決めた。

「では、後はよろしくお願いします」

 ミリアは第一騎士団長に告げた。彼女は長い銀髪を後ろで一つに結び、水色の瞳を持つ。美しく涼やかな顔立ちにすらりとした体格。彼女には、今日まで着続けていた騎士団の制服が良く似合っていた。

「ああ。良い医師に会えることを願っているよ」

「はい。わたしもそう思っています」

「もし、治ったらまた騎士団に復帰するのかい?」

「いえ……」

 少し困惑の表情を浮かべて、軽く首を傾げるミリア。

「それは、みながやりづらくなるでしょうし、いつになるかわかりませんからね。他の道を探そうと思います」

「そうか……それは残念だな」

「そうおっしゃっていただけて嬉しいです。それでは」

「ああ」

 あっさりとしたやりとり。しかし、第一騎士団長の気持ちはわかる。騎士団にも文官よりの者がいる。書類仕事は事欠かない。それを彼女に任せられたら……と彼は思っているのだろう。

 だが、文官寄りの者とはいえ、実際には演習には参加をして遠征にもついていく。長時間馬に乗り、必要に応じて戦わなければいけない。痛みを我慢してそれをやり遂げようとしても、いつかは無理が出てしまうとミリアはわかっていた。そして、残念だと言う第一団長も。だから、彼女は退団するしかなかったのだ。

「あっという間でしたね……」

 レトレイド家は武官の家門。よって、彼女も幼い頃から剣を握り、レトレイド家一番の才能を開花させた。12歳でそう数が多くない女性騎士見習いになってから、今日まで騎士団のことばかりを考えて生活をしていた。

 騎士団長にまでなった彼女に、婚約者はいなかった。15歳、16歳の頃に求婚をされたが、今は未来の約束は出来ないからと断った。そして、17歳の頃婚約者が初めて出来たが、半年もしないで相手から辞退をされてしまう。

 父親であるレトレイド伯爵も、彼女の才能を考えそれをよしとした。もしかしたら、このまま結婚をしないかもしれない。だが、それも悪くない……そう彼女が思っていた矢先の怪我だった。

(こんな形で退団をするなんて悔しいものですね。でも、こればかりは仕方がありません。自分の引き際を見定めなければ、多くのことに影響が出てしまう。それは、元騎士団長として避けなければ)

 彼女は剣の才覚のみならず、聡かった。聡明ゆえに、決断が早く、潔い。それも、自分のことに関しては特に。他人のことであれば、人の環境や当人が持つ感情を考慮しなければいけないが、自分のことならばそれらをすべて押し殺せる。彼女はそういう人物だった。

 それゆえ、彼女は心の中では泣く泣く……という決意だったが、人々には決して愚痴をもらさず、淡々と退団を決めたように見られていた。本当は大声で泣きたかった。だが、それは出来なかった。自分の中でそんな感情が生まれて大きく育てば、騎士団にしがみついてしまう……彼女はそんな風に己を押し殺して生きて来た。今日までも、そしてこの先も。それに自覚はあるが、今更どうしようもない。

「さて、それでは旅に出ますか……」

 そうして、彼女は良い医者、良い治療術師を探す旅に出た。王城近くにいる医者や治療術師、名高い名医もいたが、誰に見てもらっても駄目だった。けれども、彼女は諦めず、噂に聞いた相手のところには足を自分から運ぶことに決めたのだ。

 彼女ならば、左足を負傷しているとはいえ気晴らしも兼ねての旅ならば大丈夫だろう……と父であるレトレイド伯爵は快くその背を押した。1人では何かがあった時に不自由だろうと言うことで、護衛騎士のヘルマ――金髪を肩の上に切り揃えており少し吊り目の20歳の女性――を伴っての旅が始まった。
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