弱みを見せない騎士令嬢は傭兵団長に甘やかされる
「うっ……!?」

 ようやく3匹倒した、と思った途端、がくん、とミリアの左足から力が抜けた。いや、力が抜けただけではなく、痛みが強くなっていく。

(いつもは、もっと、もつのに……!)

 森から、2匹ギスタークが出てくる姿が見える。先ほどの遠吠えを聞いて集まってきたのだろうと。それから、更に2匹が奥から出てくる。慌てて分銅を拾って狙いを定めた時……

「お嬢様!」

 と、遠くからヘルマの声と馬の蹄の音が聞こえる。方向的に、荷台と共に走り去った自分の馬が行った方向ではない。ミリアはギスタークに対応をするため、後ろを振り返る猶予がないので叫んだ。

「わたしの馬を、止めなさい!」

 そして、決してヘルマの方を見ず、彼女はギスタークに向かって分銅を投げる。うまくいけば、2匹同時に倒せるのでは、と思ったが、そうはいかない。1匹に当たっただけで、もう1匹は減速せずにミリアに向かってくる。

「……っつう……!」

 びりびりと響く左足の痛みに耐え、ミリアはもう1匹を倒そうとした。そこまでは、なんとかなったのだが……。

(駄目だ。あと2匹……)

 ギスタークたちはそこまで俊敏ではない。だが、今のミリアは左足を動かせないほどの痛みに襲われている。その上、またそのギスタークたちの背後に3匹姿が見えた。まだやれる、と思う心もあったが、2匹、更に3匹を倒すのは、今の自分では厳しいと思う。分銅を取りに動くことすら出来ない。ただ、向かってくるギスタークを迎撃するだけ。だが、同時に3匹に襲われてはどうしようもない。

 もう駄目だ。そう思っても、ミリアは剣を構える。と、その時。馬の蹄の音が遠くから聞こえて来た。いや、それはもうとっくに聞こえていたはずの音だ。ギスタークに集中をしていたのと、ヘルマの蹄の音が近かったため、聞こえていたのに聞こえていないように思えていたのだ。

「……!」

 ひゅっ、と音がして、横からギスタークに分銅がいくつも投げられた。がつん、がつん、とそれらは当たり、まずは2匹が倒れる。その次の3匹のうち1匹だけ倒れ、残り2匹がミリアに向かって走っていく。

「掴まれ!」

「あっ……」

 ギスタークとの間に、一頭の馬が割り込む。大きな腕がミリアに向かって差し出されたのを見て、ミリアは夢中でその手にしがみついた。すると、その腕は容易に彼女の体を持ち上げ、馬上に座らせた。なんという筋力か、といささかミリアはぽかんとした。

「よく頑張ったな」

「ヴィルマーさん……」

「君は、本当に強いんだな。わかっていたはずなのに、驚いた。だが、無茶をし過ぎだ」

 ミリアは左足の力が入らないため、ヴィルマーにもたれかかる。ちらりと背後を見れば、彼女を襲おうとしていたギスタークは既に誰かに倒されたようだった。そのまま、ヴィルマーは馬を走らせ、少し距離を取る。

「まったく、肝を冷やしたぞ……」

 やがて、彼の馬はゆっくりと歩みを止めた。背後で、クラウスが仲間たちを指揮してギスターク狩りを開始し、森へ逆に追い立てるように移動を始めた声が聞こえる。ミリアは手に持っていた剣を馬上で腰につけ直し、彼に礼を言った。
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