弱みを見せない騎士令嬢は傭兵団長に甘やかされる
 ミリアは南側の森に入る前に馬を止めた。どっどっど、と、何かよくわからないが自分の鼓動の音が大きく聞こえる。騎士団長として彼女が魔獣狩りにいった時にも同じようなことが起きたと彼女は覚えている。それは「やつらが来る」という気配を感じたゆえに起きていることだ。だが、彼女には「気配を感じている」ということが自覚できない。ただ、鼓動が高鳴る。体が先に反応をして知らせてくれるのは、ある意味ありがたい。

「ちっ……」

 森に、入りたかった。だが、そこまでは間に合わないと踏んで、ミリアはそこで馬から荷台を離そうと馬から降りる。

(ヤーナックからそれなりに離れたが……まだ、安心出来る距離ではない)

 しかし、これ以上無理も出来ない。諦めて荷台を馬から外そうとするミリア。

「く、そ……」

 だが、一体どうしたことか。馬に荷台を繋いだ金具が固くて外れない。妙な汗が額に流れる。暑くないはずなのににじみ出るそれは、明らかに「恐怖」を感じているからだ。

「駄目だ!」

 ミリアは腰のベルトにひっかけていた分銅を手にした。何かが来る。いや、その何かが何なのかは、もう彼女にはわかっている。森から抜けて来たそれは……

(ギスターク!)

 3匹のギスタークが、森から飛び出して来る。荷台をそのままにしておけば、馬がギスタークにやられてしまうかもしれない。だが、それは仕方がない。荷台の上に置いた死骸を下ろすことも出来ず、ミリアは分銅を手早く回転させ、先頭を走るギスタークに向けて投げた。

 彼女が投げた分銅は見事にヒットをして、まず1頭が横っ飛びに吹っ飛んで倒れた。それから、彼女は剣を鞘ごと構えた。木刀を持ちだす時間がなかったからだ。

「ふっ……」

 動く肉食の魔獣と戦ったことは初めてではない。ミリアは両手で鞘側を持って、とびかかって来たギスタークの腹に、柄の部分をめり込ませた。が、思ったよりギスタークは高く飛んでいたため、彼女が想定していたほどは入らない。が、そこで彼女はすぐに剣を持ち換えて、自分に嚙みつこうとした口の中に、ヘルマのように剣を強く突っ込んだ。ギスタークは咄嗟に歯を立てたが、止めるのは間に合わず、後ろにのけぞって地面に倒れる。

 そして、もう1匹は、荷台の上に置かれた死骸に向かっていき、それを確認したようだった。

(しまった……!)

 あおおおおおん、あおおおおん、とそのギスタークは遠吠えをする。

(狩りを始める合図だ。もっと、ギスタークがいる)

 明らかに、ミリアを狩りの対象として認識したのだ。荷台付近で吠えられたことに驚いて、馬は暴れ出し、ヤーナック側に戻ろうとする。

「あっ……!」

 しまった、と思った時にはもう遅い。馬は走っていき、ミリアは取り残された。が、彼女はひとまずそこにいるギスタークを行動不能にしなければ、とすぐに走り出す。まず、落ちた分銅を拾い、最初に倒れた一匹が脳震盪を起こしていることを確認しつつ、次は遠吠えをしたギスタークに向けてその分銅を投げた。だが、それは、がつんと角に当たって落ち、そのギスタークがミリアに襲いかかる。

「くっ……」

 二度、鞘が付いたままの剣で薙ぎ払う。一度目は軽く避けられたが、二度目はそれなりの手ごたえがあり、どっ、と地面に落ちた。と、先ほど口の中に突き立てたもう一匹がミリアに向かってくる。ミリアは左手で鞘の部分を叩いて剣の先と自分の手首を右側へ向けた。そして、襲ってきたギスタークの喉の部分目掛けて剣を差し入れる。再び、ギスタークは後ろにのけぞって倒れた。相当強く入ったのか、そのギスタークは口から泡を吹く。
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