精霊の恋つがい

13話

〇大手毬家・リビング(昼間)

アンティーク家具の並ぶヨーロッパ調の部屋。
豪華なソファに座り、紅茶を飲む咲良。
テーブルにはケーキやチョコレートなどの皿が並ぶ。

侍女が現れて咲良の耳もとでひそひそと話す。
それを聞いた咲良はにんまり笑う。

咲良「そう。あの子、学校に来なくなったの?」

ふふっと笑い、綺麗にネイルをした手でチョコレートをつまむ咲良。

咲良(家に連れ戻されたのかもしれないわね)
咲良(まあ、あの家じゃ二度と外へ出ることはできないでしょう)

チョコレートを口に含み、にやりと口角を上げる咲良。

咲良「これで邪魔者はいなくなったわ」
咲良「次のパーティであたしは正式に千颯の【つがい】に選ばれる」

ふふふっと笑みを洩らす咲良。
執事がやって来て咲良に声をかける。

執事「咲良さま、本日は午後から出席されますか?」
咲良「今日は休むわ。千颯のいない学校へ行ってもつまんないもの」
執事「かしこまりました」

執事は一礼して下がる。

咲良(学校なんて行く必要ないわ)
咲良(どうせあたしはもうすぐ千颯と結婚して、子どもを産むんだから)
咲良(雪柳家の跡継ぎをね)

ぺろっとチョコレートのついた指先を舐める咲良。


〇菜花の自宅・リビング(昼間)

インターフォン越しに宗源を見て怯える菜花。

菜花「うそ……どうして、おじいさんが?」

宗源『菜花、いるのだろう? 出てこなければこの家を破壊して連れ出すしかないのだがな?」

びくっと震え上がる菜花。

千颯『絶対に出るな! すぐ行くから菜花は隠れて!』
菜花「う、うん」

慌てて寝室に駆け込み、クローゼットの中に隠れる菜花。

千颯『電話はこのままで。大丈夫。今、向かってる』
菜花「……千颯くん」

震えながらスマホを握りしめる菜花。
すると、ドガッと扉が破壊される音がしてびくっと震える菜花。

千颯『まさか、俺の結界が破られた? くそっ、小黒龍はどうしたんだ?』
菜花「小黒龍?」

家に帰り着いたときにふと感じた気配を思い出す菜花。

千颯『菜花、精霊結界だ。ないよりマシだ』
菜花「うん」

深呼吸して集中し、声高に叫ぶ。

菜花「精霊結界!」

寝室に透明な壁が張り巡らされる。
すぐに宗源の怒鳴り声が聞こえてくる。

宗源「こんなものを張っても無駄だ。菜花、出てこい!」
菜花「ひっ……」

呼吸が止まりそうになり、震える菜花。

千颯『怯むな! 全力で耐えるんだ!』
菜花「うっ……」

涙ぐみながら両手をかかげて結界を維持しようとする菜花。

パーンッと弾ける音がして、菜花の結界が破壊される。
同時にクローゼットの扉まで壊され、菜花の手からスマホが吹き飛んでしまう。
恐る恐る顔を上げると、そこには宗源の姿。

宗源「やっと見つけたぞ、菜花。妙な護衛精霊などつけおって」
菜花「えっ……?」
宗源「雪柳家の護衛だ。お前にくっついていたのは。私が始末したがな」

菜花(千颯くんの小黒龍が……)

ゾッとする菜花。

千颯『菜花、菜花……』

遠く離れて場所に転がるスマホから千颯の声。
宗源がぎろりと睨みつけ、スマホを蹴り飛ばす。
壁に激突したスマホが破壊され、千颯の声がぷつりと途切れる。

宗源「ちっ、雪柳家の息子が出しゃばりやがって」

ずきりと胸が痛む菜花。

宗源「これで邪魔者は消えた。菜花、私と帰るぞ。お前の家に」
菜花「いやです……!」

眉をぴくりと動かす宗源。
震えながら声を洩らす菜花。

菜花「わたしには、あんな修行は……耐えられません」
菜花「お願です……許して、ください」

床に膝をついて震えながら頭を下げる菜花。

宗源「叩かれなければわからないようだな?」

びくっと震える菜花。

宗源「それとも、鞭で打たれたいか?」

精霊術を失敗するたびに鞭を振りあげていた宗源を思いだす菜花。

宗源「私はお前の父親をさらって監禁することもできるぞ?」
宗源「お前が素直に戻らなければ、父親は一生屋敷の地下牢で過ごすことになるだろう」

ゾッとして震える菜花。

菜花「いやです、それだけは……」
宗源「ならば、私とともに帰るのだ。雛菊家に」

どくどくと鼓動が鳴り、緊張で頭が混乱する菜花。
乱れる呼吸を必死に落ち着かせようと深く息を吸って吐く。

菜花(だめよ、落ち着いて。千颯くんが来てくれる。ぜったいに来てくれる)
菜花(だから、わたしはどうにかして時間を稼がなきゃ)

ゆっくりと顔を上げる菜花。
目の前には恐ろしい形相をした祖父の姿。

菜花「お、おじいさん。もし、わたしが戻ったら、お父さんを自由にしてくれますか?」

ふんっと鼻を鳴らす宗源。

宗源「お前次第だ」
菜花「では、千颯くんのことも、許してくれますか?」
宗源「二度とあいつには会わせん。だが、お前が素直に戻るならあいつを審問会にかけるのはやめてやろう」
菜花「審問会……?」
宗源「雪柳家は最大勢力だが、あの家門に不満を持つ勢力もいくつかある。審問会にかけて奴の罪を問うてやる」
菜花「千颯くんは、罪なんて……」
宗源「私の孫娘を勝手に連れ去ったのだ。奴は誘拐犯だろう?」
菜花「違います! わたしの意思で千颯くんの家に置いてもらったんです」

ひたひたと近づいてくる宗源から逃れようと横に走る菜花。
菜花に手を伸ばす宗源。
すると床が盛りあがり、足を取られて派手に転ぶ菜花。

菜花「痛っ……」
宗源「そうだ。菜花、お前がすべて悪い。おとなしくうちへ戻ればまわりに迷惑をかけることもないのだぞ?」

それを聞いて咲良の声がよみがえる菜花。

咲良『あなたが千颯のそばにいると、いろんな人に迷惑がかかるの』

不安げな顔でうつむく菜花。

菜花(わたしのせいで……千颯くんにも、まわりにも、迷惑をかけてしまう……?)

ガシャーンッと窓ガラスが派手に割れる音がする。
驚いてそちらへ顔を向けた宗源が声を荒らげる。

宗源「お前は!」

菜花が顔を上げて目を向けると、そこには白く輝く銀髪を逆立てた千颯の姿。

菜花「千颯くん!」

ぎろりと宗源を睨みつける千颯。

千颯「菜花は渡さない」
宗源「どの口がそう言うか!」
千颯「精霊結界!」

宗源の足もとから盛りあがった土の柱が千颯を襲う。
結界を張ってそれを阻止し、やり返す千颯。

千颯「土塊壁龍(どかいへきりゅう)

土の壁が龍の形になって宗源に襲いかかる。
それを手を振り払って一瞬で破壊する宗源。

宗源「なんだ、雪柳家の力はこの程度か。後継者は育っていないようだな」

驚いて目を見開く千颯。

菜花「千颯くん!」
宗源「お前はそこから動くな!」

菜花に手をかかげる宗源。
すると床下から木の枝が伸びて菜花の手足を拘束する。
同時に天井が崩れ落ちて千颯を下敷きにする。

菜花「いやあああ! 千颯くん!」
宗源「お前が悪いのだぞ、菜花。おとなしく従わないからだ。雪柳家の息子は事故死としよう」
菜花「千颯くん! 千颯くん!」

泣き叫ぶ菜花。
すると、瓦礫の下から体を起こす千颯。

千颯「……勝手に、殺すなよ」
宗源「ほう。さすがは最強一族と呼ばれるだけある。だが、お前の力は恐れる程度ではないな」

うつ伏せのまま宗源を睨みつける千颯。

菜花(千颯くん、どうして……もっと強いはず)
菜花(まさか、わたしに霊力を与えてくれたせいで?)

千颯を見下ろしながら嘲笑する宗源。
宗源を見て苦悶する千颯。
その様子を見て震える菜花。

菜花(どうしよう。このままだと千颯くんが……)
菜花(でも、わたしの力じゃ、おじいさんに敵わない)
菜花(もっと、強い力があれば……!)

ふと母親の面影が頭に浮かぶ菜花。

母親『菜花、大丈夫よ』

母の笑顔と声がはっきりと頭に浮かび、きりっと表情を硬くする菜花。

菜花(千颯くんを死なせない)

手足が拘束された状態でどうにか体を動かす菜花。

菜花(弱いままでいたくない。守られるだけなんてだめ!)

千颯に向かって手をかかげる宗源。
歯を食いしばりながら見あげる千颯。

菜花(今度はわたしが千颯くんを助ける)

静かに声を出す菜花。

菜花「精魂解放(せいこんかいほう)

菜花の体から霊力があふれ出す。


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