精霊の恋つがい

12話

〇菜花の自宅(昼間)

玄関前に辿り着き、ハルに礼を言う菜花。

菜花「ハルさん、送ってくれてありがとう」

菜花のまわりをくるりと一周したあと帰っていくハル。
そして、ゆっくりと鍵を開けてドアを開ける菜花。

菜花「ただいま……」

ふと、妙な視線に気づいて振り返る菜花。
しかしそこには誰もいない。

菜花(誰かに見られているような……気のせいかな?)

怖くなってすぐに中へ入り、ドアを閉めて鍵をかける菜花。
すると、離れたところで菜花を見ていたのは小黒龍。
小黒龍の瞳が赤く光る。


〇菜花の自宅・リビング(昼間)

大喜びで菜花を迎える父。

父「菜花!」
菜花「お父さん、ただいま」

リビングの棚の上にピンクのガーベラを活けた花瓶と母の写真がある。
写真の母に向かって笑顔で声をかける菜花。

菜花「お母さん、ただいま」

母は満面の笑みで写っている。

父「菜花が元気そうだから安心したよ。千颯くんはいい人なんだな」
菜花「うん、とてもよくしてくれるの。申し訳ないくらいだよ」

千颯のことを思い浮かべて胸の奥がぎゅっと締めつけられる菜花。
うつむく菜花を見て困惑の表情をする父。

父「菜花がつらい目にあっていないかと、ずっと考えて眠れなかったよ」
菜花「千颯くんはすごくやさしいよ。いつも、助けてくれるの」
父「ありがたいな。菜花をこんなに思ってくれる人がいるなんてな」
菜花「うん……」

目頭が熱くなり、思わずうつむく菜花。
笑顔で菜花に声をかける父。

父「今日は菜花の好きなものを作ってやるぞ 」
菜花「わあ、お父さんのごはん久しぶり!」


〇菜花の自宅・キッチン(夜)

ダイニングテーブルで夕食をとる菜花と父。
料理はビーフシチューとサラダとバゲッドにオムレツもある。

菜花「お父さんの作るシチューはほんとにおいしい」
父「よかった。ほら、野菜も食べるんだよ」
菜花「もうー。わたし、もう子どもじゃないよ」
父「ははっ、そうだったな」

照れくさそうに笑う父を見て微笑む菜花。

菜花はこれまでのことと、雛菊家と雪柳家について父に話す。
話を聞いていた父はだんだん神妙な面持ちになる。

父「そうか。やはり、母さんの言っていたとおりなんだな」
菜花「お母さんが?」
父「菜花、お前に話しておかなきゃいけないことがある」

あまりに真剣な表情の父に、思わず背筋を伸ばす菜花。

父「僕と母さんはかけおちだったんだ。母さんのお父さんに反対されてね」

どきりとして肩が震える菜花。
父は母とのなれそめを話す。

もともと父は雛菊家の使用人の子だったらしく、たまに屋敷に顔を覗かせていた。
幼い頃に母と出会い、こっそり文通などしていたようだ。
18の頃にふたたび再会し、母はそのとき父に自分を連れだしてほしいと訴えた。
そして、父はその願いを叶えたということだ。

父「宗源さんが怒るのも無理はないんだ。父さんは彼の娘を奪ったのだからね」

父の言葉にずきりと胸が痛む菜花。

父「だけど、母さんはあの家で苦しんでいた。だから、母さんを連れだしたことを僕は後悔していないよ」
菜花「うん」

菜花が微笑むと、父も安堵したように笑みを浮かべる。

父「宗源さんは菜花をどうにかして雛菊家に連れ戻そうとしている。それだけは阻止したい」
菜花「うん。わたしも二度と戻りたくない」
父「でも、無力な僕では菜花を守ることができない。だから、千颯くんの申し出は本当にありがたいと思った」

千颯のことを言われて思わず微笑む菜花。

父 「でも、これが状況をさらに複雑にしてしまったんだ」

ふたたび深刻な表情をする父に、菜花が口を挟む。

菜花「雪柳家との因縁のことだよね?」

驚き、そして冷静にうなずく父。

父「ああ、そうだ。詳しくは僕にはわからない。でも、千颯くんが菜花と接触したことを宗源さんはご存じのはずだ」
父「おそらく、菜花を奪いにくる」

それを聞いて身震いがする菜花。

父「しばらく学校は休んだほうがいい。外出も控えて、ここでゆっくりするといいよ」
父「千颯くんが雪柳家の結界を張ってくれたんだ。家の中にいれば宗源さんは菜花に近づけない」

静かにうなずく菜花。

菜花「うん、わかった」


〇菜花の自宅・寝室(夜)

ベッドの中で布団にくるまってスマホを眺める菜花。
精霊術協会や精霊師のことは検索してもあまりヒットしない。
それは精霊師の世界での機密事項となっているため。

菜花(人間の世界に生きているのに、まるで別世界に生きているみたい)

スマホを置いて布団に潜り込む菜花。

菜花(千颯くん、どうしてるかな? 今夜も星を見ているのかな?)

目を閉じると千颯とのキスがよみがえり、頬を赤らめる菜花。

菜花(よく考えたらどうしてあんなことができたんだろ?)
菜花(今さらだけど、恥ずかしいよ!)

頭まで布団をかぶる菜花。
赤面しながら、なかなか眠りにつけない。
同時に胸がぎゅっと痛んだ。

菜花(変だな、わたし……もう、寂しくてたまらない)
菜花(千颯くんに会いたい)

ふとよみがえる咲良の記憶。

咲良『あたしは千颯の婚約者だもの』

ぎゅっと目を閉じてうずくまる菜花。
すると、スマホにメッセージが届く。
慌てて確認すると千颯からだった。

千颯【もう寝た?】
菜花【寝てないよ】

返事をしたらすぐに電話がかかってきた。
思わず体を起こして電話に出る菜花。

菜花「千颯くん?」
千颯『ごめん。疲れてるだろ?』
菜花「ううん、大丈夫」
千颯『お父さんと話せた?』
菜花「うん。いろいろ聞いたよ。千颯くん、わたしのためにいろいろしてくれたんだね。ありがとう」
千颯『たいしたことじゃない』

少しの沈黙。

菜花(不思議。会いたいって思ったら電話がかかってくるなんて)

頬を赤らめる菜花。

千颯『ここ最近ずっと菜花がいたから、ちょっと家が広く感じて困る』
菜花「ふふっ、千颯くんの家は広いんだよ」
千颯『俺の実家はもっと広いよ。今度連れてってやるよ』
菜花「……そうだね」

胸がぎゅっと苦しくなり、複雑な表情をする菜花。

千颯『毎日、電話していい?』

どきりとする菜花。
咲良のことが頭によぎり、躊躇する。

千颯『いや、邪魔だったな』
菜花「邪魔じゃないよ。電話くれてうれしい!」

思わず素直な気持ちを口にする菜花。
赤面しながらおずおずと要望を口にする。

菜花「わたしも、千颯くんと毎日話したい」
千颯『わかった。いつでも連絡して。俺も連絡するから』
菜花「うん」

しばらくの沈黙のあと、千颯から遠慮がちな声がする。

千颯『じゃあ、また、明日』
菜花「うん。また明日ね」
千颯『おやすみ』
菜花「おやすみなさい」

電話を切ったあと、しばらく顔の火照りと鼓動の高鳴りが収まらずにいる菜花。
スマホの連絡先にある千颯の名前をしばらく眺める。

菜花(千颯くんの声、すごくドキドキする。それに、安心する)

スマホを抱きしめたまま眠りにつく菜花。


〇菜花の自宅・リビング(昼間)

掃除機をかけて、トイレと風呂掃除をする菜花。
写真立ての横にある花瓶の水を変えて母に手を合わせる菜花。

菜花(家に帰ってもう1週間かあ)
菜花(千颯くん、ちゃんと食べてるかな?)
菜花(ハルさんがいるから大丈夫だよね)

ちょうどそのとき、千颯から電話がかかってくる。
驚いて慌てて電話に出る菜花。

菜花「千颯くん、学校は?」

壁時計に目をやると午前11時を指している。

千颯『俺、いつも遅刻だよ。菜花がいるあいだはちゃんと行ってたけどさ』
菜花「朝ごはんも食べてないでしょ?」
千颯『あ、バレたか』
菜花「もうー! お昼はちゃんと食べないと」
千颯『菜花の弁当が食べたい』

突然そう言われて、戸惑いつつ笑みをこぼす菜花。

菜花「帰ったら作るよ」
千颯『じゃあ、それを楽しみに頑張ることにする』

頬を赤らめてふふっと笑う菜花。
そのとき、インターフォンが鳴り響く。

菜花「誰か来たみたい」
千颯『宅配でも頼んだ?』
菜花「ううん。頼んでないし、誰かが来る予定もないんだけど」
千颯『怪しい奴なら無視すれば?』
菜花「……うん」

インターフォンの画面で確認するとそこに映っていた人物に驚愕する菜花。

菜花「うそっ……おじいさん!?」




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