精霊の恋つがい

3話


〇学校・教室(午後)

ドバーッと頭上から絵具入りの水をかぶる菜花。
どうやら誰かにいたずらで仕掛けられていたらしい。
制服が赤や緑や紫のまじった色に染まる。
呆然とする菜花。

菜花(制服、洗濯したばかりなのに……)

教室にいる生徒たちは菜花を見て大笑いしている。
その中に誠人と先ほどの女子もいる。

男子1「おい、誠人。助けてやれよー。お前の【つがい】だろ?」

にやりとする誠人。

誠人「仕方ねぇなあ。汚ねぇから洗ってやるよ」

そう言って手を掲げて叫ぶ誠人。

誠人「渦水流月(かすいりゅうげつ)

水の渦が起こり、菜花の体を包み込む。
水の中で呼吸ができずもがき苦しむ菜花。

菜花(く、るし……死ん、じゃう……!)

菜花を見て嘲笑する生徒たち。

男子1「おい、見ろよ。あの顔。ぶっさいくだなー」
女子1「あたし、溺死だけは無理だわー」

口から空気を吐き出し意識を失いそうになる菜花。

男子2「こいつ弱っ!」
男子3「まじで死ぬんじゃね?」

すると誠人が術を解く。
水が消えて床に落下し、ドスンッと力強く腰を打ちつける菜花。

菜花 「げほっ、ごほっごほっ……!」
葵生「だ、大丈夫?」

菜花に恐る恐る声をかけたのはクラスメートの(ふじ)葵生(あおい)
眼鏡をかけた小柄の少年だ。

男子1「葵生、助けてやれよー。人工呼吸で」

周囲がドッと笑いに包まれる。
真っ赤な顔をする葵生。

男子2「無能と陰キャでお似合いだよな」

とある女子が面白がって提案する。

女子2「ねえ、いっそふたりくっついちゃえば?」
男子2「おいおい、あれでも誠人の【つがい】だぜ」

菜花を見下ろしながらにやりと笑う誠人。

誠人「そうだなあ。俺は寛大だから、ふたりが接吻でもしたら菜花の今までの無能ぶりを許してやってもいいぜ」

クラス中からドッと笑いが起こる。

男子1「悪いやつだなーお前」
誠人「なあ、菜花。お前、そいつにファーストキスもらってもらえよ」
女子1「きゃーっ、やだぁ!」

赤面する葵生。
顔面蒼白の菜花。

男子1「お前、まだやってなかったの?」
誠人「バカ言うなよ。なんで俺があんな無能と? 冗談じゃねぇよ。腐るだろ」

誠人の言葉にずきりと胸が痛む菜花。
クラスの男子と女子の嘲笑に誠人の見下すような目つき。

菜花(誠人くんはなぜ、わたしを【つがい】に選んだの?)
菜花(わたしは彼に都合のいい玩具にされただけだったの?)

誠人に訴えるように見つめる菜花。
それに気づいてめんどくさそうに舌打ちする誠人。

誠人「おい、手伝ってやれよ」

誠人に言われて女子たちが菜花を仰向けにして床に押しつける。
男子たちは葵生を抑えて彼の顔を無理やり菜花に近づける。

葵生「やめてやめて! やめてよ!」

必死に拒絶する葵生。
パニックに陥って硬直する菜花。

女子1「ほらぁ、しっかり人工呼吸してあげな!」

菜花に無理やり顔を近づけられ、赤面しながら謝罪する葵生。

葵生「雛菊さん、ごめん!」

葵生と菜花の唇が触れそうになる瞬間、にょきっと邪魔が入った。
白龍のレンが菜花と玲音のあいだに入り込み、妨害していた。

菜花「あ、あなたは……」

レンを見て驚く菜花と不思議がる葵生。
そして怪訝な顔をするクラスメートたち。

男子1「なんだ? あの蛇」
女子1「誰だよ? 蛇を召喚したの」
千颯「俺だよ」

教室の扉の前に立っていたのは千颯だ。
レンはするすると千颯の足から這いのぼり、彼の腕に巻きつく。

千颯「あと、こいつは蛇じゃない」

そう言って冷静に状況を分析するように険しい表情で周囲を見まわす千颯。

女子1「ち、千颯さま!?」
女子2「うそ! どうしてここに?」
男子1「まじかよ! 雪柳家の千颯さまだ!」
男子2「学校ではお見かけしないと聞いていたのに」

クラスメートたちの言葉を聞いて不機嫌な顔になる千颯。

千颯「勝手に俺を不登校扱いすんなよ」

千颯がじろりと周囲を睨みつけると、全員目をそらして沈黙する。
菜花を見て眉をひそめ、手をかかげる千颯。

千颯「泡沫流水(ほうまつりゅうすい)風祥華(ふうしょうか)

菜花は一瞬にして泡に包まれ、そのあとそれは柔らかい風に変わる。
すると、絵具で染まった制服は元通りになった。

女子1「千颯さまの精霊術だわ!」
女子2「この目で拝めるなんて!」

騒ぐ女子たちを無視して菜花のそばに寄る千颯。

千颯「大丈夫?」
菜花「あ、ありがとう。でも、どうしてここに……」
千颯「弁当箱返すの忘れてたから。うまかったよ。ちゃんと洗っておいたぞ」

それを聞いたクラスメートたちがどよめく。

男子1「どうなっているんだ? どうして千颯さまとあいつが?」
女子1「お弁当ってどういうこと? あの子が浮気してたの?」
女子2「やだ、千颯さまがあの子を相手にするわけないでしょ」

きちんと弁当袋に綺麗に入れて返してくれた千颯に、感動のあまり笑みを浮かべる菜花。

菜花「ありがとう。千颯くん」

それを聞いたクラスメートたちが嫌悪の表情になる。

男子1「おい、お前。口の利き方に気をつけろ。千颯さまだぞ」
女子1「ほんと下品な子ね。千颯さまが不憫だわ」

それを聞いて急に不安な顔になる菜花。

菜花「あ、ごめんなさい。千颯くんがそんなにすごい人だなんて、知らなくて……」

クラス中から無視され、ほとんどこの学校の情報を知るすべがなかった菜花にとって千颯はただの生徒に過ぎなかった。
すると千颯は菜花の頭を撫でて言う。

千颯「いいんだよ。俺はそのままの菜花がいい」

クラス中にどよめきが広がる。

女子1「ちょっとどういうことなの?」
女子2「千颯さま、その子に騙されてるんですよ!」
女子3「そうですよ! その子は精霊師としての素質もないし、家も追い出されたビンボー人ですよ」

じろりと女子たちを睨みつける千颯。
びくっと怯える女子たち。

千颯「菜花に素質がないだって? お前らこそ無能かよ」

以前にも千颯は菜花に強い力があると言っていた。
そのことを思いだし、不思議に思う菜花。

菜花「千颯くん?」
千颯「まあ、いいや。能力のことは別として、弱い立場の人間をこうやって全員でいじめるのはダサイよ」

その言葉に罰が悪そうにするクラスメートたち。
しばらくすると教師がやってくる。

教師「これはいったい何の騒ぎで?」

千颯の姿を見た教師は驚き、頭を下げる。
それを見た千颯は鋭い目つきで彼を見据える。

千颯「このクラスで壮絶ないじめがあるようだけど、見て見ぬふりですか? センセ」

教師はびくっとして目をそらす。
わざと教師に近づいて、強烈なオーラを放つ千颯。
彼の体から白銀の光があふれ出る。
恐ろしい形相で震えあがる教師。

教師「ぼ、僕は知らない」
千颯「知らない? こんな堂々といじめがあって知らないで済まされるとでも?」
教師「ごめんなさい! 今後このようなことにならないようにしますから、お許しを!」

震えあがる教師を見て驚く菜花。

菜花(雪柳家は先生たちも恐れる家門なの?)

千颯は別のところへ目を向ける。
その視線の先にいるのは誠人だ。
誠人はびくっとして目を泳がせる。

千颯「お前、菜花の【つがい】なんだろ? どうして助けてやらない?」
誠人「な、菜花が、みんなに迷惑をかけるので……」
千颯「ふうん。どんな迷惑をかけたの?」
誠人「え、ええっと……力も弱いし、俺の言うことも聞かないし……」
千颯「お前、くそ野郎だな。彼女の【つがい】なら何がなんでも守ってやれよ」
誠人「は、はぃ……」

千颯と目を合わせることもできず、額からだらだら汗を流す誠人。
周囲も無言で目をそらしている。

千颯「菜花、何かあったら俺に相談してよ。もう君は友だちだから」
菜花「ありがとう、千颯くん」

菜花が笑顔を向けると、千颯も笑顔を返す。
教師は安堵したようにため息を洩らす。

千颯「よかったらまた俺にも弁当作って。友だちならいいだろ?」
菜花「うん」

満面の笑みでうなずく菜花。

千颯「じゃあ、またな」

菜花の頭をぽんっと撫でて立ち去る千颯。
クラスメートたちはざわつきながら席に着く。

教師「さ、さあ。雛菊さんも席に着きましょう」
菜花「はい、先生」

いつもは無関心な教師が話しかけてきて驚くも、笑顔で返す菜花。
こっそり菜花に声をかける葵生。

葵生「ごめんね、雛菊さん」
菜花「ううん、こっちこそ。巻き込んじゃってごめんね。声をかけてくれてありがとう」

照れくさそうな顔で頭をかきながら席に着く葵生。

男子1「ちっ……もうあいつ相手にできないじゃん」
男子2「千颯さまの友人なら手は出せねぇよな」
女子1「なんであの子なのよ」
女子2「もう放っておきなよ」

席に着く菜花を見て複雑な表情をするクラスメートたち。
その中で、怒りに震えながら拳を握りしめる誠人。

誠人(菜花のやつ。俺に恥をかかせやがって)
誠人(絶対に許さねぇっ!)

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