精霊の恋つがい

4話

〇学校・教室(休み時間)

次の授業の準備をする菜花の前にクラスの女子たちが集まってくる。
驚いて萎縮する菜花。
しかし女子たちは笑顔だ。

女子1「ねえねえ、雛菊さん。どうやって千颯さまと仲良くなったの?」
女子2「あたしたちもお近づきになりたいわ」
女子3「友だちでしょ? 紹介してよ」

戸惑う菜花。
複雑な気持ちでおずおずと答える。

菜花「邪霊に襲われたときに偶然助けてもらって……」

すると女子たちは笑顔が消え、お互いに顔を見合わせる。

女子1「へえ、そうなんだ。いいわね」
女子2「あたしもか弱い女子になれば千颯さまに見向きしてもらえるかしら?」
女子3「ねえ、そういうのずるくなーい?」

嘲笑されて恥ずかしくなり、うつむく菜花。

菜花(そうだ。千颯くんはきっと、わたしに同情しただけ)

弁当が美味いと言ってくれた千颯の顔を思いだし、胸がぎゅっと痛くなる菜花。

菜花(勘違いしちゃだめ)

顔を上げて女子たちと目を合わせて笑顔で話す菜花。

菜花「千颯、さまはきっと……誰にでもやさしいんだと思う。わたしみたいな能力のない人間のことも助けてくれるから」

にやにやする女子たち。

女子1「そうよねぇ。それにあなた誠人っていう【つがい】がいるんだから、裏切りはだめよね」
菜花「え?」

どきりとする菜花。

女子2「他の男と一緒にいるだけで裏切りになるわよ。気をつけなさい」
女子3「そうそう。今度千颯さまに会うときはあたしたちも一緒に行ってあげるわ。そうすれば裏切りにならないでしょ?」

菜花は「うん」と言って小さくうなずく。
すると、教室の隅から誠人が声を上げた。

誠人「おい、菜花」

びくっとして慌てて顔を向ける菜花。

誠人「帰るぞ」

今まで一緒に帰ることはなかったのにめずらしい。

女子1「大事にされててうらやましいー」
女子2「ほんと。あたしたちも早く【つがい】がほしいわ」
女子3「ほら、早く行きなさいよ」

女子たちに急かされて、慌てて鞄を手に誠人のところへ向かう菜花。

誠人「今日はデートしようぜ」
菜花「え?」
誠人「俺ら、今までデートしたことないじゃん。お前をいいところに連れてってやるよ」
菜花「明日のお弁当の準備は……?」
誠人「そんなのいいから。明日は一緒に食堂で食えばいいじゃん」

まさかそんなことを言われるとは思わず驚く菜花。
わざわざ菜花の肩を抱いて笑顔を向ける誠人。

菜花(もしかして、大事にして、くれるのかな……?)

誠人に笑いかけられて、思わず笑みがこぼれる菜花。


ふたりが出ていったあと、女子たちがクスクス笑う。

女子1「ねえ、あの子。明日生きてると思う?」
女子2「さあ? でも、さすがに手加減するんじゃない?」
女子3「殺しはしないでしょ」

その会話を遠くから聞いていたのは葵生だ。

葵生(た、大変だ。雛菊さんが危ない)

そろりと教室を抜け出すと別校舎に向かって走っていく葵生。


〇3学年の教室

そこは決して年下の生徒が気軽に入れる場所ではない。
緊張しながら年上の先輩たちに声をかける葵生。

先輩・男「お前1年だろ? 何しにここへ来た?」
葵生「ええっと、あの……千颯さまに、お会いしたいの、ですが……」

すると周囲から嘲笑がわく。

先輩・男「千颯さんに会いたいだって? 身のほど知らずかよ」
先輩・女「千颯さまは君のような子が会える人じゃないわよ」

冷や汗をかきながら黙り込む葵生。
すると別の先輩から声をかけられる。

咲良「あら、かわいい。どうしたの?」

現れたのは金の髪に美しい紫の瞳をした女。
驚いて固まる葵生。

先輩・女「あ、咲良。この子、千颯さまに会いたいんだって。無謀にもほどがあるわよね」

それを聞いた咲良はにっこりと笑う。

咲良「千颯なら帰ったわよ。彼が学校に来る日はあたしたちもわからないの。だから、なかなか会えないわ。わかってちょうだいね」
葵生「は、はい……ごめんなさい。失礼、しました」

ぺこりと頭を下げて立ち去る葵生。
その様子を見てクスクス笑う先輩たち。

葵生が立ち去ったあとしばらくして千颯が現れる。
それに気づいた咲良が声をかける。

咲良「千颯、帰ったんじゃなかったの?」
千颯「昼寝してた」
咲良「あなたって本当に……」

クスっと笑う咲良。

咲良 「さっき、1年の子があなたに会いにきたわよ」
千颯「誰?」

眉をひそめる千颯。
いつも興味なさそうに聞き流す千颯がめずらしく聞き返すのを見て戸惑う咲良。

咲良「眼鏡をかけた小柄な男の子よ」
千颯「ふうん」

急に興味のなさそうな顔になる千颯。
怪訝な顔をしつつ、思いついたように話す咲良。

咲良「ねえ、お父さまが近々千颯と食事をしたいと言っているのだけど、どうかしら?」
千颯「うーん、気分じゃないな」
咲良「もう、そんなこと言って。雪柳家と大手毬家の関係はあたしとあなたにかかっているのよ?」
千颯「悪い、咲良。俺、眠いから帰るわ」
咲良「え? ちょっと千颯!」

咲良を無視してさっさと行ってしまう千颯。
眉をひそめながら唇を噛む咲良。


〇森の中・坂道(夕方)

鬱蒼と生い茂る草木をかき分け、狭い山道をのぼる菜花と誠人。
日が暮れかけて空はオレンジに染まり、足もとはだんだん暗くなる。
不安になる菜花。

菜花「どこに行くの?」
誠人「まあ、いいから。ついて来いよ」
菜花「でも、ここは邪霊がよく出るから来てはいけないって……」

この山は特に邪霊が出没する頻度が高いので精霊召喚の実習のときに来る程度。
普段は決して足を踏み入れない場所だ。
菜花の前を歩いていた誠人がくるりと振り返る。

誠人「ぜんぶお前のためだぞ」
菜花「え?」
誠人「俺たち【つがい】だろ?」
菜花「うん……」
誠人「ふたりで支え合って能力を開花させるのが【つがい】の役割だ」
菜花「そうだね」
誠人「だから、ここでお前と修行しようと思ってさ」
菜花「えっ……?」

手を掲げて声を張りあげる誠人。

誠人「精魂解放(せいこんかいほう)

ざあっと風が吹き、誠人から精霊の<気>が放たれる。
ビリビリとした痛みが頭のてっぺんから足の先まで響き渡る。

菜花「ま、待って誠人くん! そんなことしたら邪霊が」
誠人「わざと呼び寄せてるんだよ」
菜花「どういうこと?」
誠人「精霊結界」

混乱する菜花を放置して自分だけ防護壁を造る誠人。
菜花の背後に黒い影が忍び寄る。
同時にぞわっとおぞましい気配がして全身が震えあがる菜花。
恐る恐る振り返ると、そこには先日よりも巨大な邪霊。

菜花「あっ……あ……」

恐ろしさのあまりぺたんと腰を抜かす菜花。
それを見てにやりと笑う誠人。

誠人「菜花、いつまでも他人に甘えるなよ。困難は自力で乗り越えないとだめだろ?」
菜花「い、いきなり無理だよ、こんなの……」
誠人「大丈夫さ。ほら、人間は死を前にしたら馬鹿力が働くって言うじゃん」

どくんっと鼓動が鳴る。
恐怖に手が震え、全身から汗が噴き出す菜花。

誠人「俺のやさしさだぞ。虎は子を崖から落とすって言うだろ。これは俺の愛情なんだぜ」
菜花「ま、って……こんな……いくらなんでも……」

自分の能力がよくわかっている菜花。
同時に、相手との力の差もわかる。
先日より恐ろしい力を持つ邪霊を相手にとうてい敵うわけがない。

誠人「死にそうになったら助けてやるよ」
菜花「そんな……きゃああっ!」

邪霊から細長い腕のようなものが何本も突き出し、菜花に攻撃してくる。
慌てて避けるも、その攻撃で菜花のいた地面が裂ける。
それを見て恐怖に震える菜花。

すぐに邪霊は菜花に襲いかかる。
邪霊から伸びた腕が次々と地面に叩きつけられ、その衝撃で派手に転んでしまう菜花。
うつ伏せになりなんとか顔を上げると、そこにはにやっと笑みを浮かべる誠人。

誠人「がんばれよ」

安全な結界の中で笑いかける誠人。
絶望感に苛まれる菜花。


〇森の外(日暮れ時)

鬱蒼と広がる森に邪霊の気配を感じて足を止める葵生。

葵生「どう、しよ……僕ひとりじゃ……」

恐怖に足が震える葵生。

葵生「このままじゃ、雛菊さんが……」

ふいにぽんっと肩を叩かれる葵生。
びくっとして振り返ると、そこにいたのは千颯だ。

千颯「おい、菜花がどうした?」
葵生「あっ……千颯さ……」
千颯「菜花がこの先にいるのか?」

泣きそうな顔で千颯の腕を掴み、訴える葵生。

葵生「助けてください! クラスの子たちが……空木(うつぎ)くんが、雛菊さんを」

葵生の手を振り払って森の中へ駆けていく千颯。

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