精霊の恋つがい

6話

〇千颯の家・客室(翌朝)

布団の中で目覚める菜花。
そこは知らない部屋だ。
ほとんど物が置かれておらず、ふわっと畳の香りが漂う。

菜花「わたし、どうしちゃったんだろ」

意識を失う前に千颯に抱きかかえられていたことを思いだす。
少しすると引き戸が開いて千颯が入ってきた。

千颯「目が覚めたのか。具合はどう?」

菜花のそばに膝をついて様子をうかがう千颯。
菜花は急いで起き上がろうとするも、千颯に制止される。

千颯「横になっていればいい。まだ完全に体力が戻っていないはずだ」
菜花「助けてくれてありがとう。でもあの、ここは……?」
千颯「俺の家。と言っても別邸だけど」
菜花「千颯くんの家?」

驚いて声を上げる菜花。
ゆっくりと近づいて手を伸ばし、菜花の髪や頬を撫でる千颯。

菜花「あ、あの……」

千颯の指先が触れてどきりとする菜花。
目の前には笑顔の千颯。

千颯「君は死にかけたんだ。本当に無事でよかった」

死にかけたことを思いだし、同時に千颯をキスをしたことも脳裏によみがえる。
恥ずかしくなり顔を背ける菜花。
そして目線を下へ向けると、自分が着ているのが制服ではなく大きなぶかぶかのシャツであることに気づく。

菜花「え? この服は……」
千颯「ああ、俺の服。ちょっとデカいけどごめんな」
菜花「そ、そうじゃなくって……」

かああああっと真っ赤な顔になる菜花。

菜花(下着、見られちゃったのかな?)

うつむく菜花を見て少し照れくさそうに頭をかく千颯。

千颯「あのさ、着替えさせたのは俺じゃないよ」
菜花「え?」
千颯「小黄龍(しょうおうりゅう)

千颯が唱えると部屋に風が舞い、小さな老婆が現れる。
姿形は幼稚園児くらいだが見た目は年老いた女人だ。

千颯「名はハル。たまに俺の世話をしてくれる。着替えをさせたのはハルだよ」
菜花「そうだったのね。ありがとう、ハルさん」

ぺこりとお辞儀をするハル。

千颯「俺はこれから学校へ行ってくるけど、菜花はゆっくり休んで。君のお父さんには連絡しておいたから」
菜花「え? 千颯くん、わたしのお父さんのこと……」
千颯「悪いけど君のことを調べさせてもらったよ。中学の頃、雛菊家の本家でひどい目に遭ったね?」

どきりとして言葉を失う菜花。
やさしく微笑んで菜花の頭を撫でる千颯。

千颯「心配しなくていい。君のじいさんが何かしてきたら俺が対応するから」
菜花「どうして、そこまで、してくれるの?」

泣きそうになりながら訪ねる菜花。

千颯「菜花は俺の大事な友だちだ。友だちが困っているのに助けないのはおかしいだろ?」

涙をこらえてうなずく菜花。
菜花の頭を撫でる千颯。

千颯「じゃあ、あとのことはハルがしてくれるから。安心して頼っていいよ」

にっこりと微笑むハル。

菜花「ありがとう。本当にありがとう」

笑顔で部屋を出ていく千颯。


〇千颯の家・庭

険しい表情で手をかかげる千颯。

千颯「小黒龍(しょうこくりゅう)

強い風が吹いて黒い人型をした影が現れる。
その瞳は紅く鋭い。

千颯「菜花の父親と周辺を監視して。雛菊家の動きも調べるんだ」

黒い人型の影はすぐさま飛んでいく。

千颯「さて、報復の時間だ」

千颯の瞳が碧く光る。


〇学校・菜花のクラスの教室(午前)

生徒の名前を呼び出欠を取る教師。

教師「雛菊菜花さんは休みですか」

ざわつく生徒たち。

男子1「ついにさぼりかよ」
男子2「逃げたんじゃね?」
女子1「ていうか、死んでないよね?」

教師「はぁ、雛菊家の当主に連絡しなきゃいけないのに、僕の仕事を増やさないでほしいよな」

ぼそぼそと愚痴をこぼす教師。

教師「仕方ない。今日は休みと連絡するしかないな」

出欠表を閉じて教室を出ていく教師。
生徒たちが騒ぎだす。

男子1「そういや、あいつ。休んだらじじいに罰を受けるらしいぜ」
男子2「雛菊家の当主といえば気に入らない人間を鞭打ちするって有名だよな」
女子1「あの子もうお嫁に行けないんじゃない?」
女子2「ていうか、そもそも生きてるのかな?」

女子たちの視線が誠人に集まる。
ばつが悪そうな顔で狼狽える誠人。

誠人「俺は昨日、ちゃんと家まで送ったぞ」
男子1「ほんとかよー? お前のことだから山にでも捨てたんじゃね?」

冗談っぽくからかう男子に、ひとりの女子が慌てて止める。

女子1「ちょっと、それ以上言わないほうが……」

ドガッと男子を殴りつける誠人。
壁に激突して床に倒れる男子。

誠人「お前ら、菜花の話はするな。あいつは俺を裏切って雪柳家に取り入ろうとしているんだぞ」

ざわっと教室中が騒々しくなる。

女子1「サイテー。おとなしい顔してやること腹黒じゃん」
女子2「誠人っていう【つがい】がいながら千颯さまに近づくなんて身のほど知らずもいいとこ」
女子3「あんな子、どうなってもいいわ。むしろ早く死んでくれないかな」

周囲の反応を見てにたりと笑う誠人。

誠人(これで菜花が死んでも誰も何も言わないだろう)
誠人(俺は【つがい】に裏切られたかわいそうなヤツだから全員から同情される)
誠人(じゃあな、菜花。お前はほんとに出来損ないのクズだったな)

がらりと教室の扉が開く。
そこに立っていたのは千颯だ。
生徒たちが騒ぎだす。

男子1「千颯さまがどうしてここに?」

千颯は真顔で黙ったまま誠人につかつかと近づいていく。
驚いて後ずさりする誠人。

誠人「あ、あの……何か?」
千颯「お前、何をしたのかわかっているだろうな?」
誠人「は? あの、何のことでしょうか?」
千颯「菜花の力が弱いことを知っていて、邪霊のいる場所へ連れていき、わざと襲わせた」

教室内がどよめく。 
半分は事情を知り、半分は知らないようだ。

男子1「どういうことだ?」
女子1「ちっ、なんでバレたの?」

千颯は事情を知る者たちに向かってじろりと睨む。
「ひっ!」と軽い悲鳴を上げて顔を背ける女子たち。
ふたたび誠人に向かって言い放つ千颯。

千颯「お前にとって【つがい】は何だ? 玩具か?」
誠人「何をおっしゃっているのか……」
千颯「もういい。やったことの報いは受けてもらう」

ゆっくりと誠人に向かって手を伸ばす千颯。
額からだらだら汗を流しながら怯える誠人。


〇千颯の家・客室(昼)

ハルが持ってきた粥を食べ終わる菜花。

菜花「ごちそうさま、ハルさん。とってもおいしかった」

空になった皿を受けとり、にっこりと微笑むハル。
すると、ハルは何かに気づいたように菜花のバッグを持ってそれを差しだす。

菜花「え? 何か……」

にっこり微笑むハル。
訝しく思い、バッグの中を見るとスマホに通知があった。

菜花「あ、お父さんだ。ありがとう」

礼を言うとハルはぺこりとお辞儀をして部屋から出ていった。
父からのメッセージを確認する菜花。

父【千颯くんから事情は聞いた】
父【こっちのことは心配しないでゆっくり休んで】
父【ごめんな 気づいてやれなくて】

涙があふれ、ぽたっと画面に雫がこぼれ落ちる。

菜花「千颯くん、ぜんぶお父さんに話したんだ」

静かに微笑み、父にメッセージを送る菜花。

菜花【お父さん 心配かけてごめんね 帰ったらちゃんと話すから】

メッセージを送ったあと、すぐに電話が鳴る。
画面に表示されているのは【先生】だ。
どきりとして躊躇するも、おそるおそる通話を押す。

菜花「……はい」
教師「雛菊さんか? 実は今、大変なことになっている」
菜花「えっ?」
教師「すぐに学校へ来れないか?」


〇千颯の家・キッチン

皿を洗っているハル。
そこに、制服に着替えた菜花が飛び込んでくる。

菜花「ハルさん、わたし学校へ行かなきゃ。千颯くんが……」

驚いて目を丸くするハル。
慌ててバッグを手に持ち、玄関へ走る菜花。
靴を履いて出かけようとしたら、ハルが目の前に立つ。

菜花「ハルさん?」

するとハルは突如、黄色の龍に変化する。

菜花「龍になった……?」

ハルは菜花の腰にくるりと巻きつくようにして背中に乗せる。
そのまま龍になったハルは菜花を乗せて飛び立つ。


〇学校・校庭(昼間)

ハルに乗って学校に到着した菜花。
校庭には多くの生徒たちと、不気味な木の根が生えている。
うねうねといくつもの枝が絡み合った巨大な木の根はその先端が高くそびえ立つ。

その先端で宙吊りにされているのは誠人だ。
その下には大きな口を開けた龍の顔がある。
その目はぎょろりとして、口から鋭い牙がむき出しになっている。

そして、それを平然と眺めているのは千颯だ。

菜花「千颯くん!」

驚いて声を上げる菜花。
しかしハルは宙でぴたりと静止したまま動かない。

菜花「ど、どうしよう」



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