精霊の恋つがい

7話

〇学校・校庭(昼間)

高く伸びた木の根の先端に宙づりにされているのは誠人だけではなかった。
クラスで菜花に意地悪をした数人の男女もいる。

男子1「助けてくれー!」
女子1「いやああっ! 食べられたくないー!」
女子2「ああーん! ママ、助けてえぇっ!」

離れたところにクラスメートたちが不安そうに眺めている。

菜花「大変! ハルさん、わたしを降ろして」

狼狽えながらハルに訴える菜花。
しかしハルは微動だにしない。
すると、千颯が全員に聞こえるように声を上げた。

千颯「どうだ? お前ら。怖いだろ? 絶望するだろ?」
千颯「だが、菜花の絶望はこんなものじゃない」

千颯がくるりと振り返って見あげる。
ハルに乗って宙にいる菜花と目が合う。
どきりとする菜花。
ふたたび全員の前に顔を向ける千颯。

千颯「そうだな。まずひとりずつ言い分を聞いてやろう。お前からだ。なぜ菜花をいじめた?」
女子1「あたしは知らないんです! 何もしてないわ!」

千颯が女子に向かって手をかざすと、足もとで大きく口を開けた龍の顔がずるりと女子に接近する。

女子1「ぎゃあああああっ! 待って! 話します! あたしはただミナの言うとおりにしただけなんです!」
ミナ「な、何を言っているの?」
女子1「だって、ミナはクラスの女子でリーダーみたいな存在だから! 逆らったらハブられるから仕方なく」
ミナ「あんた、裏切ってんじゃないわよ!」

ミナと名指しされた女子はとなりで宙づりにされている。
千颯は女子に向かって言い放つ。

千颯「謝罪をする気があるなら聞いてやる」
女子1「ごめんなさい! もうしません! 絶対に雛菊さんをいじめたりしません!」

ごめんなさいと連呼しながら涙と鼻水を垂れ流す女子。
今度はミナと呼ばれた子に目を向ける千颯。

千颯「お前は何か言い分はあるか?」
ミナ「あ、あたしは……だって、あの子が無能だから……」

ひゅっと龍の顔が動いて、その牙がミナの足に接触する。
ミナの靴が真っ二つになり落下。

千颯「次はお前の足を切断する」
ミナ「ひっ……だ、だって……あたしは……ただ、誠人のために……」

眉をひそめる千颯。
だらだらと涙を流すミナ。

ミナ「あ、あたしは……誠人が好きだったの! 雛菊さんが【つがい】になって悔しかったの!」
千颯「だからいじめた? はっ……そんなものは理由にならない」
ミナ「もうしません……だから、許してくださいぃ……ごめんなさいいぃ……」

次々と宙づりにされた者たちが泣きながら謝罪する。
そして最後に誠人に目を向ける千颯。

千颯「空木誠人。お前にはいろいろ訊きたいことがある」
誠人「あ、うっ……なん、でしょ、か……」

誠人は絵具の水をかぶりカラフルに染まった状態で震えている。

千颯「菜花を【つがい】にした理由は何だ?」
誠人「うっ……な、菜花が……かわいかった、から」
千颯「違うだろ? 正直に答えろ」

ぱっくり開いた龍の口が誠人をすっぽり包み込む。
その鋭い牙がいくつも彼の体に接触する。

千颯「俺の力加減でお前の体はバラバラになる」
誠人「な、菜花なら、なんでも言うこと、聞くと、思ったから……」
千颯「つまり、所有物がほしかっただけか?」
誠人「は、はいいぃ……」

絵具まみれの誠人の顔が涙ででろでろになっていく。

千颯「お前は菜花に弁当を作らせておきながら何度もそれを捨てた」
誠人「そ、そうですうぅ……」
千颯「他の者たちに菜花をいじめさせて楽しんだ」
誠人「間違い、ありませぇん……」

拳をきつく握りしめ、ぎりっと歯噛みする千颯。

千颯「お前は、菜花を殺そうとした」
誠人「殺す、つもりは、なかったんですうぅ……」
千颯「だが、菜花は息が止まっていたんだぞ!」

シャッと鋭い牙が俊敏に動き、誠人の腰に擦れる。
制服が破れ、そこから血が滲む誠人。

誠人「ぎゃあああああああっ! たしゅけてええええっ!」

誠人の悲鳴が響き渡り、周囲の者たちがどよめく。

千颯「菜花もお前に助けを求めたはずだ。だが、お前はどうした?」
誠人「ひっ……ひぃっ……」
千颯「菜花を見捨てて逃げただろ!」
誠人「ごめなしゃいいいっ! しゅみましぇええっ! ごめなしゃあいいゆるしてくだしゃあぃいい」

気絶寸前の状態でひたすら泣き続ける誠人。
それを見ていた菜花はハルに呼びかける。

菜花「ハルさん、お願い。下に降りて! 誠人くんが死んじゃう」

しかしハルはまったく動かない。
千颯の顔を見てぞっとする菜花。

菜花(千颯くんに誰も殺させたくない)

ハルの体からずるりと滑り落ちる菜花。
同時に菜花は精霊術を行使する。

菜花「爽風華(そうふうか)

ふわっと菜花の体が浮いて地面に落ちるスピードが激減する。
そのまま地面に足を着くというところで、千颯が真横に手を伸ばした。
すると菜花は大きな泡に包まれて地面から浮いた状態で止まった。

千颯「そこにいろ」

菜花に目もくれず、ただ誠人を睨みつける千颯。

菜花(千颯くん、ものすごく怒ってる。まさか、本当に誠人くんを殺しちゃうの?)

誠人に向かって声を上げる千颯。

千颯「空木誠人、今ここで宣言したら命だけは助けてやる。菜花との【つがい】関係を解消すると」

驚いて目を見開く菜花。
ぐしゃぐしゃに泣きながらなんとか声を出す誠人。

誠人「わかり、ました……菜花と【つがい】を、やめま、す……」

ガクンッとうなだれ、気絶する誠人。
千颯がぱちんっと指を鳴らすと巨大な龍の頭は消え、菜花を包み込んでいた泡も消える。
慌てて千颯のところまで走っていく菜花。

菜花「千颯くん」
千颯「菜花、こいつら、どうしたい?」
菜花「え?」
千颯「菜花がしたいようにすればいいよ」
菜花「もう十分だよ。これ以上千颯くんに迷惑かけたくない」
千颯「君ならそう言うと思った。俺はこんなんじゃ、まったく気が済まないんだけど」

そう言って宙づりにされた者たちへ目を向けて睨みつける千颯。

千颯「本当は腕か足の1本くらい折ってやってもいいくらいだ」

それを聞いた者たちが悲鳴を上げる。

千颯「お前たち、本人に謝ったら降ろしてやる」

するとそれぞれが次々と菜花へ「ごめんなさい」と謝罪をする。
複雑な気持ちになる菜花。

菜花「もういいよ。千颯くん」

すると木の根はするすると短くなり、全員地面に開放された。
瞬く間にそこは何もなかったように、まっさらな土のグラウンドに戻った。

周囲で事の顛末を見届けていた生徒たちに向かって声を張りあげる千颯。

千颯「お前たちもわかったな? 今後菜花に手を出したら俺が相手になる」

生徒たちは不安げな顔でお互いを見つめ合った。


〇学校・時計塔(昼間)

校庭の様子を離れた場所から見ていた者がいた。
3年の大手毬咲良と友人たち。

友人1「千颯さんがこんなことするなんてね」
友人2「しかも、かばっているのは1年の女子だって言うじゃない?」
友人1「ねえ、咲良は知っている子?」

ぎりっと歯を噛みしめる咲良。

咲良 「知らないわ」

遠目から菜花を見て拳を握りしめる咲良。

咲良(千颯、どういうことなの? あたしがいながら、どうしてそんな子に興味を持つのよ)

菜花を恐ろしい形相で睨みつけたあと、くるりと笑顔で友人に振り向く咲良。

咲良「千颯はやさしいから、いじめられた子を放っておけなかったのよ」

友人たちは「そうよねー」と言って同意する。
しかし咲良の手は震えていた。

咲良(千颯に近づくなんて、許さないわよ。雛菊菜花)


〇雛菊家・本家の屋敷(夕方)

広い畳の部屋で筆を持ち、書を嗜む老齢の男。
雛菊家の当主であり菜花の祖父の宗源(そうげん)だ。
すると、縁側から突如使者が現れる。

使者「宗源さま、実は菜花さまが……」

宗源の近くでひそひそと報告をする使者。
それを聞いて怒りの表情で筆をバキッと折る宗源。

宗源「やはり自由にさせるんじゃなかった」
宗源「よりによって、雪柳家に目をつけられるとは」

使者を睨みつけ、命令する宗源。

宗源「なんとしても菜花を連れ戻せ。二度と父親のもとへは戻さぬ」

怒りのあまり髪が逆立ち、部屋中の物が吹き飛ぶ。
使者は慌てて立ち去っていく。
縁側に出て、丁寧に手入れされた庭を見つめる宗源。

宗源「雪柳千颯か。お前に菜花は絶対にやらんぞ」

松の枝が震え、ポキッと1本折れてしまう。


〇学校の外(放課後)

千颯は菜花と一緒に下校している。
そこに、黒く細長い影が千颯のところへ飛んでくる。
驚く菜花をよそに影は千颯の顔の横で何かを伝えるような仕草をする。

千颯「やはり雛菊家が動いたか」
菜花「えっ……あの、おじいさんがどうかしたの?」

不安げに訊ねる菜花に笑顔を向ける千颯。

千颯「事情はあとで話すよ。でも、そうだな……」

少し考えるそぶりを見せる千颯。
そして、菜花に提案する。

千颯「菜花。今日から俺と一緒に暮らさないか?」
菜花「えっ!?」

驚いて目を見開く菜花。

千颯「俺はひとり暮らしだから部屋はいくらでも余ってるしな」
菜花「それって……」

菜花(千颯くんとふたりで暮らすってこと?)

ドキドキする菜花。
しかし、すぐに疑問を口にする。

菜花「わたしが千颯くんと暮らしたら勘違いされちゃうよ?」
菜花「だって【つがい】でもないのにふたりで暮らすなんて」

すると千颯はまっすぐ菜花を見つめて告げる。

千颯「だったら俺の【つがい】になればいい」


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