《マンガシナリオ》空から推しが降ってきた
第1話 推しが空から降ってきた
◯(回想)咲茉(えま)の家の近く(夜)


星空を見上げる咲茉。

ミディアムヘアの髪を耳にかける。

夜空を流れる流星群。

それらを見ながら咲茉がつぶやく。


咲茉「あの流れ星みたいに、突然推しが降ってこないかなー」


そのとき、そばで物音がする。

それに反応して顔を向ける咲茉。

突然、夜空をバックに人影が現れる。

その人影が咲茉の目の前に降りてくる。

驚く咲茉。

降ってきた男の子と目と目が合う。

そのきれいな瞳とまなざしにドキッとする咲茉。


咲茉(――夢かと思った。未だに…あのときのことは信じられない)


ゆっくりと立ち上がる男の子。


咲茉(…まさか、本当に推しが降ってくるなんて)


(回想終了)



◯学校、2年1組の教室(お昼休み)


咲茉は、座席でイヤホンをつけて音楽を聞いている親友の妹尾(せのお)ありさのもとへ行く。

ありさはポニーテールがトレードマークの女の子。


咲茉「あ〜りさ!」


咲茉の声に反応して顔を上げたありさは、なぜか涙ぐんでいる。


咲茉「もしかして、また悲しみに浸ってたの?」

ありさ「だって、そんなすぐに傷が癒えるわけないじゃん〜…」


ありさの前の席に座った咲茉に泣きつくありさ。


咲茉「『アスロス』引きずるね」


苦笑いする咲茉。


『アスロス』とは、『アステルロス』の略。

2人組の超人気男子アイドルグループ『A*STER(アステル)』が2週間ほど前に、期限付きの活動休止を発表した。

理由は、メンバーのルキが語学留学するため。

A*STERのメンバーは、黒髪で前髪をかき上げるミナトとサラサラとした金髪に近い明るい髪色のルキ。

ありさはA*STERの大ファンで、ミナトが推し。

A*STERは幅広い年代の女性をトリコにしているため、活動休止の報道には激震が走り、世の女性をロスに陥れた。

ありさもそのうちの1人。

A*STERの曲を名残惜しそうに聞いては、こうして涙ぐむ日々。


ありさ「…忘れもしない、2週間前。始業式のあと家に帰ったら、活動休止のニュースを見たから嫌でも覚えてるよ」

咲茉「でも活動休止って言ったって、グループでの活動のことだよね?ミナトくんは今までどおり、テレビに出るんじゃないの?」

ありさ「そうだけど、ミナトもミナトでルキが帰ってくるまでは個人での活動はなるべく自粛するって言ってるし…。まったく出ないわけじゃないみたいだけど」

咲茉「たしか、学業に専念するんだっけ?わたしたちと同い年だよね?」

ありさ「うん。ミナトがそう言うのなら応援するけど、それならいっそのことウチの学校に転校してきてくれないかな〜!」

咲茉「そうなったらいいけどね」


咲茉はクスクスと笑う。


ありさ「咲茉は、ルキ推しだもんね。海外行って寂しくないの?」

咲茉「わたしは…」


気まずそうに頬をかきながら、視線を逸らす咲茉。


咲茉「また戻ってきてくれるなら、それでいいかな」

ありさ「じゃあさ!A*STERでの活動再開したら、いっしょにライブ行こうよ!意地でもチケット当ててさ!」


咲茉の手を取るありさ。


咲茉「うん!」


笑って応える咲茉。


咲茉(A*STERのライブは、ファンクラブに入っていてもなかなか取れないほどの人気。わたしもできることなら一度はライブに行って、生で歌って踊る姿を見てみたい。…でも)


半年ほど前のことを思い出す咲茉。



◯(回想)高校1年生のころの咲茉とありさ、教室


1つのイヤホンを片耳ずつ使って、スマホから音楽を聞く咲茉とありさ。


咲茉「A*STERの曲、いいねっ」

ありさ「でしょ!?とくにミナトのイケボがたまんないの!」


中学生のころからファンだったありさにA*STERを推され、徐々に咲茉もA*STERが好きになっていく。

歌番組に出るA*STERをテレビでも見るようになり、爽やかな笑顔のミナトに惹かれる咲茉。


ありさ「咲茉!昨日のA*STER見た!?」

咲茉「見たよ!かっこよかったね」


昨日の歌番組の話で盛り上がる咲茉とありさ。


ありさ「そういえば、咲茉はどっちが推しなの?」

咲茉「え?」

ありさ「あたしは断然ミナトだけどね〜!咲茉はタイプ的にルキ推し?」


その言葉に思わず口ごもる咲茉。

ここで自分もミナトが好きだと言ったら、まるでありさと推しを取り合うような気がした。

前々からありさがミナトの推しということは知っていたから、咲茉は出かかっていた言葉を飲み込む。


咲茉「そ、そうだね…!ルキくん、かっこいいから」

ありさ「わかる〜、ルキもいいよね。咲茉は絶対ルキだと思った〜!」

咲茉「やっぱり、ありさにはお見通しだったか〜」


その場の空気を壊さないために『ミナト推し』とは言い出せず、咲茉は『ルキ推し』ということになった。


(回想終了)



◯カフェ(放課後)


その日の帰り。

学校帰りにカフェにやってきた咲茉とありさ。

スマホでA*STERのMVを見たりしながら2人で盛り上がる。


ありさ「えっ!もうこんな時間!?」

咲茉「外真っ暗だね…!そろそろ帰ろっか」

ありさ「うん!」


カフェを出る咲茉とありさ。

ありさとはカフェの前で別れる。



◯前述の続き、咲茉の家の近く(夜)


夜道を歩く咲茉。

信号待ちでスマホをいじる。

ミナトに関するネットニュースの記事を読む。

そのとき、スマホの画面上部に【本日、ふたご座流星群】というタイトルのネットニュースの通知が表れる。

タップして、ネットニュースに目を通す咲茉。


【本日、18時から深夜にかけて流星群のピーク】


信号が青になり、いったんスマホを制服のブレザーのポケットにしまう咲茉。

賑やかな表通りから、閑静な住宅街に入る。

ふと、星空を見上げる咲茉。

ミディアムヘアの髪を耳にかける。

夜空を流れる流星群。

それらを見ながら咲茉がつぶやく。


咲茉「あの流れ星みたいに、突然推しが降ってこないかなー」


そのとき、そばで物音がする。

それに反応して顔を向ける咲茉。

夜空をバックにフェンスをよじ登る人影。

その人影がフェンスの上から咲茉の目の前にジャンプして降りてくる。

驚く咲茉。

突然現れた男の子と目と目が合う。

そのきれいな瞳とまなざしにドキッとする咲茉。


咲茉(…ものすごいイケメン。暗がりだからか、さっきまでMVを見ていたからか、どことなくミナトくんにも似て見える)


見とれる咲茉。

すると、向こうのほうから女性の声がする。


女性たち「たしか、こっちにこなかった!?」

女性たち「まだ近くにいるはずよ!」


女性たちの声と足音は、咲茉たちのほうへ近づいてくる。

そのとき、突然男の子が咲茉を抱きしめる。

驚くと同時に、顔が赤くなる咲茉。


咲茉「…なっ!急になにするんですか…!!」

男の子「ごめん。少しの間だけこうさせて」


男の子は咲茉の首元に顔をうずめるようにして、ぎゅっと咲茉を抱きしめる。


咲茉(なんなの…これ。でもさっきの声…、ミナトくんに似てた)


困惑しながらも、男の子に抱きしめられ続ける咲茉。

すると、その場をさっきの声の女性たちが通りかかる。


女性たち「おかしいな〜。こっちにはだれもいない」

女性たち「…そうね。隅でイチャついてるカップルぐらいしか」


1人の女性がチラリと咲茉に視線を送る。

咲茉と目が合った女性は気まずそうに視線を逸らす。


女性たち「あっちのほう行ってみましょ!」


女性たちはだれかを探しているのか、駆け足で去っていく。

男の子はゆっくりと顔を上げ、去っていった女性たちの背中を慎重に見つめる。


男の子「ありがとう。おかげで助かったよ」


深く被ったキャップの下から、白い歯を見せて笑う男の子の口元が見える。


男の子「それじゃあ、俺はこれで」


咲茉に背中を向け、走っていこうとする男の子。

しかし突然、一歩踏み出した瞬間に膝から崩れ落ちる。


男の子「……っ…!!」

咲茉「だ…大丈夫ですか!?」


すぐに駆け寄る咲茉。


男の子「俺としたことが…、どうやらさっきので足をくじいたみたいだ」

咲茉「さっきの…」


フェンスから飛び降りてきた姿を思い返す咲茉。


咲茉「それなら、わたしの家すぐそこなので手当てします…!」

男の子「えっ、でも――」

咲茉「つかまってください!」


男の子に肩を貸す咲茉。


男の子「なんか…迷惑かけちゃって、ごめんね」

咲茉「気にしないでください」


足を引きずる男の子を家まで連れていく咲茉。


咲茉(それにしても、聞けば聞くほどミナトくんに声がそっくり。ミナトくんがこんなところにいるはずないのに)



◯前述の続き、咲茉の家(夜)


咲茉は玄関のドアを開ける。


咲茉「お母さーん!いるー!?」

咲茉の母「なぁに?どうしたの?」

咲茉「ちょっとこっちにきてー!」


玄関から母親を呼ぶ咲茉。

咲茉に呼ばれて駆けつける咲茉の母親。


咲茉の母「あら?咲茉のお友達?」

咲茉「ううん、さっきそこで会ったばかりで。足をくじいちゃったみたいだから、ウチで手当てしてあげようと思って」

咲茉の母「そういうことなら、どうぞ上がって!」


男の子を家の中へ招き入れるエマの母親。

男の子は、なぜかキャップを深く被り続けている。


男の子「…すみません。お邪魔します」


咲茉に肩を借りながら、咲茉の家へ上がる男の子。

リビングのソファに座るよう促される。

その間に、咲茉の母親と咲茉はせっせと手当ての準備をする。

咲茉の母親は元看護師。

慣れた手つきで男の子の足首の処置をする。


咲茉の母親「これでよし!軽くひねっただけみたいだから、安静にしてたら明日にはよくなってるわ」

咲茉「ひとまず、たいしたことなくてよかったね!」

男の子「助かりました。なにからなにまで、ありがとうございます」


そう言って、男の子は深く被っていたキャップを取って、咲茉と咲茉の母親に丁寧にお辞儀をする。

頭を上げるときに前髪をかき上げた男の子の顔を見て、思わず息を呑んで固まる咲茉。


咲茉(…えっ。どういうこと……?)


咲茉は男の子の顔を凝視する。


咲茉の母「…まあ!あなた、もしかして!」


咲茉の母親も気づき、手をパチンと合わせる。


咲茉の母「A*STERのミナトくん!」

結翔「…あっ、ご存知でしたか?うれしいです」


咲茉の母親にはにかむ、ミナトこと――結翔。


咲茉の母「もちろん知ってるわよ〜。有名だもの。去年の紅白も見たわ」

結翔「ありがとうございます」


結翔と楽しそうに話す咲茉の母親。

それを見て、咲茉は驚愕していた。


咲茉(なっ…なんでお母さん、ミナトくんとそんなに普通に話せるの…!?だって、あ…あの!A*STERのミナトくんだよ…!?)


突如目の前に現れた推しに、咲茉は緊張して声も出ない。


咲茉の母「そういえば、ウチの咲茉がA*STERの――」

咲茉「わわわわっ…!!お母さん、夜ごはんの支度してたんじゃないの!?なんかあっち、焦げ臭いよ?」

咲茉の母「えっ!?お鍋の火、切り忘れてたかしら!?」


慌ててキッチンへと戻っていく咲茉の母親。

本当は焦げ臭くなかったが、咲茉はとりあえず適当なことを言ってこの場から母親を遠ざけたかった。

なぜなら――。


咲茉(突然推しが目の前に現れて、直接本人に『あなたの推しです』…なんて、尊すぎて言えるわけがない)


咲茉は頬を赤らめながら、チラリと結翔の横顔を見つめる。

すると、咲茉の母親がキッチンから顔を出す。


咲茉の母「そうだ、ミナトくん!よかったら、ごはん食べていかない?」

咲茉「…ちょ!お母さん、なに言って――」

結翔「いいんですかっ?」


結翔の予想外の言葉に、目が点になって結翔のほうを振り返る咲茉。


結翔「ちょうどお腹ペコペコだったんです」


恥ずかしそうにはにかむ結翔。


咲茉の母「もうすぐでできるから、座って待っててくれる?」

結翔「はい!ありがとうございます」


咲茉と結翔がダイニングテーブルを挟んで向かい合わせで座る。

咲茉は結翔の顔が見れずうつむく。

そこへ、盛り付けた料理を持って咲茉の母親がやってくる。


咲茉の母「お口に合うかどうかわからないんだけど〜」

結翔「うわぁ!おいしそう!いただきます!」


結翔はおいしそうに咲茉の母親の手料理を食べる。


結翔「ごちそうさまでした」


手を合わせる結翔。

結翔は出された料理を残さずすべて食べていた。


結翔「とってもおいしかったです!」

咲茉の母「それはよかったわ〜。もしよかったら、お風呂もどう?って言っても、患部を温めるのはよくないからシャワーのほうがいいけど。なんなら、泊まっていっても――」

咲茉「…お母さん!さっきからなに言ってるの!トップアイドルのミナトくんに、ウチの平凡な家庭料理を食べさせるだけでも恐れ多いのに、ウチに泊まっていったらなんて失礼すぎるよ…!」

咲茉の母「でも今日はあまり出歩かず、安静にしておいたほうがいいし。このまま泊まってもらったほうが、ミナトくんのためにもなると思ったんだけど…」

咲茉「ミナトくんが、ウチみたいな普通の家に泊まるわけないじゃん…!」


咲茉(相手は、超人気アイドルグループ『A*STER』のメンバー。きっと夜景の見えるいいマンションに住んでるんだから、こんなどこにでもあるような家に――)


結翔「…お言葉に甘えちゃってもいいですか?」


思いも寄らない結翔の発言に、慌てて振り返る咲茉。


結翔「実は…ちょっと訳アリで。一晩だけでも泊めてもらえると助かるんですが…」


遠慮がちに低姿勢で話す結翔。

その手を咲茉の母親がガッチリ握りしめる。


咲茉の母「ウチでよければ、ぜひ♪」



◯前述の続き、咲茉の家、リビング(寝る前)


お風呂から上がった咲茉はリビングへ行く。

何気なく冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、リビングのソファに腰を下ろす。


結翔「えまちゃんだっけ?」


すぐ隣から声がして、ビクッと反応する咲茉。

隣には結翔が座っていた。

結翔の問いに、咲茉は緊張のあまり無言でコクンコクンと何度も首を縦に振る。


咲茉(…そうだった。ミナトくんがウチにいるんだった…)


横に座っていたミナトにドキドキしながら視線を向ける咲茉。


咲茉「あの…お母さんは」

結翔「今、部屋の準備してくれてる。民泊してるんだってね」

咲茉「あ…、はい。なので部屋は余ってるんですけど、…どうしてウチなんかに」

結翔「さっき、訳アリって言ったでしょ?実は、熱烈なファンのコたちに追われてて」


結翔の話を聞いて、結翔が女性たちに追われていたことを思い出す咲茉。


結翔「ファンにもいろんなコがいてさ。さっきのコたちは頻繁に出待ちしてたり、俺のあとを追って家を突き止めようとしたりしてくることもあって」

咲茉「そんなことまで…」

結翔「うん。で、今日は完全なプライベートだったんだけどバレて、ああして追いかけ回されてたんだよね」


過激なファンの行動に怒りを覚えて、咲茉は唇を噛む。


結翔「だから、追いつかれそうになったときカップルのフリなんかしちゃった。…ごめんね」


咲茉は、突然結翔に抱きしめられたことを思い出す。


咲茉「…そんな。わざわざ謝ってもらわなくても…」


あのときは突然知らない男の子に抱きしめられたと思っていたが、あれが結翔だったということにまた顔が赤くなる。


結翔「もしかしたら、まだこの辺りを探し回ってるかもしれないし、この足だから逃げ切る自信もなくて。だから、ここに泊まらせてもらえることになってすごくありがたい」

咲茉(たしかに、A*STERのミナトがまさか普通の一般家庭に身を隠してるなんてだれも想像つかないよね)


申し訳なさそうに眉を下げながら、咲茉を見つめる結翔。


結翔「安心して。明日の朝にはここを出るから」

咲茉「わ…わたしは、べつにそういうつもりじゃ――」


そのとき、咲茉の母親がリビングにやってくる。


咲茉の母「ミナトくん、お待たせ!部屋の準備ができたから」

結翔「ありがとうございます。それじゃあね、えまちゃん」


結翔は爽やかな微笑みで咲茉に手を振ると、咲茉の母親に連れられてリビングから出ていった。

推しに微笑まれ、咲茉は頬がぽっと赤くなって、結翔が消えていったリビングのドアを見つめる。



◯咲茉の家、咲茉の部屋(朝)


次の日。

眠たい目をこすりながら、スマホのアラームを止める咲茉。

二度寝しそうになったとき、ガバッと起き上がる。


咲茉「そうだ!…ミナトくん!」



◯前述の続き、咲茉の家、リビング(朝)


すぐさま制服に着替え、慌ててリビングへ下りてくる咲茉。


咲茉「お母さん、おはよ!」

咲茉の母「おはよう、咲茉。今日は寝坊しなかったのね」

咲茉「そんなことより、…ミナトくんは!?」


尋ねる咲茉に、咲茉の母親は1枚のメモ用紙を差し出す。

それに目を移す咲茉。


【お世話になりました。ありがとうございます】


咲茉の母「ミナトくん、朝早くに出ていったみたいなの。その置き手紙といっしょに宿代なのかしら、1万円も添えられてて」

咲茉「ミナトくん…」

咲茉の母「こっちが無理やり泊めさせたんだから、宿代なんていらないのにね。それにウチ、民泊でも1万円なんてもらってないのに」


困ったようにため息をつく咲茉の母親。


咲茉の母「できることならお釣りを返したいけど、そう簡単に会える相手じゃないもんね」


咲茉の母親はそうつぶやきながら、テレビに目を通す。

そこにはちょうど、ミナトが出演する食パンのCMが流れていた。


咲茉(あのテレビの中でキラキラとした笑顔を振りまくミナトくんが…、昨日までウチにいたなんて今でも信じられない)



◯学校、2年1組の教室(朝のホームルーム前)


数日後。

結翔が残した置き手紙をぼんやりと見つめながら、ため息をつく咲茉。


咲茉(…まるで夢みたいだったな。どうせなら、もっとミナトくんと話しておけばよかった)


キーンコーンカーンコーン


チャイムを聞いて、席に着くクラスメイトたち。

咲茉はミナトの置き手紙をそっと制服のブレザーのポケットにしまう。

教室の前のドアが開き、男の担任の先生が入ってくる。

出欠を取り、出席簿を教卓の上へ置く担任の先生。


担任「え〜。今日は、みなさんにお知らせがあります」

クラスメイトたち「お知らせ?」

クラスメイトたち「もしかして、転校生がきたとかですかー?」

クラスメイトたち「まさか〜!そんなわけないでしょ!こんな時期に」

担任「いえ、そのまさかです」

クラスメイトたち「「えっ!?」」


突然の転校生の情報にざわつくクラスメイトたち。

咲茉はそれほど興味はなく、ぼうっとして聞いていた。


担任「それじゃあ、入ってきてくれるかな」


担任の声に、教室の前のドアが開く。

入ってきたのは、ゆるくパーマのかかった黒髪の男の子。

前髪が目にかかった鬱陶しそうなヘアスタイルで、メガネをかけている。


クラスメイトたち「…なんだ、陰キャか」

クラスメイトたち「イケメン期待してたのにー!」

クラスメイトたち「だよねー。たとえば、A*STERのミナトとか!ルキもいいよね!」

クラスメイトたち「そんなのあるわけないない!」

担任「静かにー!」


クラスメイトたちを静かにさせると、担任は白のチョークを持って黒板に転校生の名前を書いていく。


担任「『水瀬結翔(みなせゆいと)』くんだ。みんな、仲よくするように」


転校生はペコッとお辞儀をする。


担任「席は〜…。辻井の隣が空いてるな」


ぼうっとしてた咲茉は、突然の自分の名前が呼ばれて驚く。

そして、自分の隣の空席に目を向ける。


担任「水瀬くん、しばらくはあの席を使ってくれ」

転校生「…はい」


転校生は、窓際の一番後ろの席の咲茉の隣へやってくる。


咲茉(…うわぁ〜、緊張するなぁ。転校生とか、なに話したらいいんだろ)


席に着く転校生。

ホームルームの流れから、そのまま1限目の授業が始まる。


咲茉「は…はじめまして。えっと、…教科書は持ってる?」


咲茉が尋ねる。

すると、転校生はなぜかニヤリと口角を上げた。


転校生「教科書なら持ってるよ。“えまちゃん”」


名前を呼ばれ、キョトンとする咲茉。


咲茉(…あれ?わたし、まだ自己紹介してないよね?なのに…どうしてわたしの名前を――)


周りの視線は前の黒板に向けられている。

それを見て、転校生はメガネを外し、前髪をかき上げる。


結翔「俺のこと、もう忘れちゃった?」


転校生の正体が結翔だったことに驚き、目を丸くする咲茉。


咲茉(…えっ。…えぇぇぇぇぇー!?転校生って…『A*STER』のミナトくん!?)
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