《マンガシナリオ》空から推しが降ってきた
第2話 推しといっしょに住むことに
◯第1話の続き、咲茉の家(学校帰り)


咲茉(…それにしてもびっくりしたな。まさかミナトくんが転校してくるなんて)


結翔が転校生として咲茉のクラスにやってきたときのことを思い返す咲茉。


咲茉(本名、『水瀬結翔』っていうんだ。だから『ミナト』って名前で活動してるのか)


ファンも知らないミナトの本名を知って、少し微笑む咲茉。

咲茉は、自分の家の玄関のドアのドアノブに手をかける。


咲茉(ウチの学校に通うってことは、ミナトくんの家ってこの辺りなのかな。でも、テレビのインタビューでは都内に住んでるって言ってたような――)

咲茉「ただいまー」


ドアを開けて、家の中に入る咲茉。

リビングに入ると、段ボールが所々に積まれていた。


咲茉「お母さん、どうしたの…これ?」

咲茉の母「ああ、それは――」

結翔「ただいまー」


玄関から声がする。

咲茉の父親は単身赴任中、兄は就職していて一人暮らし。

この家に住むのは咲茉と咲茉の母親だけなのに、「ただいま」という声が聞こえて不思議に思って首をかしげる咲茉。

咲茉は、リビングに入ってきた人物を見て驚く。


咲茉「どっ…、どうして…!」


やってきたのは、学校帰りの結翔。


咲茉の母「あら、ミナトくんおかえり」


咲茉の母親の自然な流れの会話に、母親と結翔に交互に目を向ける咲茉。


咲茉(…『ただいま』!?…『おかえり』!?)


咲茉だけ、状況が理解できていない。


咲茉の母「ミナトくん。荷物届いたけど、ひとまずリビングに置いてるから」

結翔「ありがとうございます」

咲茉「お…お母さん!どういうこと…!?」


焦りながら駆け寄ってきた咲茉を見て、キョトンと首をかしげる咲茉の母親。


咲茉の母「そういえば、咲茉には話してなかったかしら?」


そう言って、咲茉の母親は結翔のもとへ行く。


咲茉の母「今日からウチに住むことになったミナトくん――じゃなくて、水瀬結翔くん。『結翔くん』って呼んだほうがいいかしら?」

結翔「はい。お願いします」


ますます意味がわからず、頭の上に“?”が浮かぶ咲茉。


結翔「えまちゃん、突然でごめんね。賃貸とかいろいろ探してたんたけど、この前食べた潤子(じゅんこ)さんの手料理とアットホームな雰囲気が忘れられなくて。住むならここがいいなって思ったんだ」

咲茉の母「もう〜、結翔くんったら褒め上手なんだから〜」


照れる咲茉の母親。


咲茉(…お母さん、ちゃっかりミナトくんに『潤子さん』って下の名前で呼ばせてるし)


照れる咲茉の母親に視線を送る咲茉。


結翔「ここなら、仕事を忘れて自分の家みたいにくつろぐことができるような気がしたから。だから、しばらくの間よろしくね」


微笑む結翔。

結翔が部屋で荷解きをしている間に、リビングでお茶を飲む咲茉と咲茉の母親。

そこで、結翔がいっしょに住むことになった経緯を聞かされる。

数日前、民泊あての番号に結翔から電話があった。

咲茉の家から近くの高校に転校することになったため引っ越しが必要で、その引っ越し先としてしばらくの間、民泊を利用させてもらいたいと。

咲茉の母親は、久々の民泊のお客さんに喜び、しかもそれが好印象の結翔だったため即OKを出した。

すぐに結翔は都内で住んでいたマンションの荷物をまとめ、咲茉の家に送る。

そして今に至る。


咲茉「そんなこと、いきなり言われても…!」

咲茉の母「なにも、ずっといっしょに住むわけじゃないんだからいいでしょ?A*STERの活動を再開するまでの間だけだって」


咲茉(A*STERの活動休止の間、ミナトくんは学業に専念するとは言ってたけど、まさかウチの高校に通って、しかもウチに住むなんて…。もう頭がついていけない…!)


困惑する咲茉に、咲茉の母親がこそっと話す。


咲茉の母「それに、推しと同居なんて最高じゃない〜♪もしかしたら、ワンチャンあったりして!」

咲茉「そ…!そんなこと…あるわけないじゃん!お母さんも変なこと言わないでよ…!」


顔を真っ赤にして否定する咲茉。


咲茉(わたしとミナトくんが…?ないない!絶対にない!だって、A*STERは恋愛禁止なんだから)


咲茉はお茶をズズズと飲む。

2階から階段を下りてくる足音が聞こえてくる。


咲茉「お母さん、いい…!?わたしがA*STERのファンでミナトくんの推しだってことは、本人には言わないでね…!」

咲茉の母「え?どうして?言ったら、きっと結翔くんも喜ぶんじゃない?」

咲茉「いいから!絶対ね!!」


咲茉の母親は不思議そうな顔をしながらコクンとうなずく。

そのすぐあと、結翔がリビングに入ってくる。


結翔「潤子さん。借りてたハサミ、ありがとうございました」

咲茉の母「そんなの、返すのなんていつでもいいのに〜。ハサミはいつもここに入れてるから自由に使ってね」

結翔「はい」


咲茉の母親と話す結翔の姿を眺める咲茉。


咲茉(今さら推しだなんて恥ずかしくて打ち明けられないよ。それに――)


咲茉は、以前結翔が話していたことを思い出す。


結翔『実は、熱烈なファンのコたちに追われてて』

結翔『ファンにもいろんなコがいてさ。さっきのコたちは頻繁に出待ちしてたり、俺のあとを追って家を突き止めようとしたりしてくることもあって』

結翔『完全なプライベートだったんだけどバレて、ああして追いかけ回されてたんだよね』


ごくりとつばを呑む咲茉。


咲茉(わたしが熱烈なファンじゃなくても、“ファン”って知っただけで身構えちゃうだろうし、そうなったらせっかくウチを選んでくれたのに、ちっとも心休めないだろうから…)


なにかを決心したように、マグカップに入っていた残りのお茶を一気飲みする咲茉。


咲茉(だから、絶対にミナトくんにはわたしが『ミナト推し』だってことは言わない…!)



◯通学路、登校中(朝)


次の日。

家が出るタイミングが同じで、いっしょに学校へ向かう咲茉と結翔。


咲茉「あ…あの、ミナトく――」


咲茉が小声で話しかけようとすると、シッ!と立てた人差し指を唇にあてる結翔。


結翔「“ミナト”じゃないよ、“結翔”だよ」

咲茉「…あっ、ごめんなさい」


昨日のうちに、呼び方は『結翔』がいいと言われていた。


咲茉「聞きたかったんですけど、その格好は…変装ということですか?」


A*STERのミナトは、前髪をかき上げたヘアスタイルが特徴的。

しかし、隣を歩くミナトこと――結翔は、下ろした前髪が目にかかり、メガネをかけていて地味な格好。


結翔「うん。ここにいるのは、『A*STERのミナト』じゃなくて『水瀬結翔』だから。バレて大事にはしたくないから」

咲茉「そうなんですね…!」

結翔「一生徒として普通の学校生活を送りたくて、今のところに転校したから。だから、俺の正体を知ってるのはえまちゃんだけ」


口元に人差し指を立てたポーズの結翔にドキッとする咲茉。


結翔「えまちゃんが、俺の“ファン”とか“推し”じゃなくてよかったよ。じゃなきゃ、こんな話できないしね」


笑ってみせる結翔。

その話を聞いていた咲茉は、冷や汗を流す咲茉。


咲茉(…よ、よかったー。わたしが『ミナト推し』ってことを伝えてなくて)


咲茉はほっと胸をなで下ろす。


結翔「そういえばさ、なんで敬語なの?」

咲茉「…え?」

結翔「だって俺たち、同い年でしょ?」

咲茉「そ…そうですけど、相手はあのA*STERのミナトくんですから――」


と咲茉が言ったとき、突然結翔が咲茉に急接近する。

咲茉を壁に追い詰めると、人差し指で咲茉の唇を塞ぐ結翔。

体と体が触れ合う近さに、思わず咲茉は顔が赤くなる。


結翔「言ったでしょ?俺は『ミナト』じゃなくて『水瀬結翔』だって」


色っぽい表情の結翔に心臓がドキドキしっぱなしの咲茉。


結翔「だから、俺のこと『結翔』って呼んで。敬語もナシだよ?」


緊張した面持ちで、ごくりとつばを呑む咲茉。


咲茉(そ…そんなぁ〜。推しを本名で、しかも名前呼びだなんて…緊張しすぎる)


咲茉に顔を近づけてくる結翔。


結翔「わかった?えまちゃん」

咲茉「は…はいっ」

結翔「違うでしょ」

咲茉「…あっ。う、うん…!」


咲茉がそう返事をすると、満足したような表情を浮かべて咲茉から離れる結翔。

そのあと歩いていると、後ろからありさがやってくる。


ありさ「やっと追いついた〜…。2人とも、歩くの速いね…!」


振り返る咲茉と結翔。


咲茉「ありさ!おはよう」

結翔「おはよう」

ありさ「おはよ〜…。そういえば、さっき遠めから見えたんだけど、水瀬くん、咲茉の家から出てこなかった?」


そのありさの言葉にドキッとする咲茉。


咲茉(…まさか、ありさに見られていたなんてっ)


適当な言い訳を考える咲茉。

しかし、なにも浮かんでこない。

すると――。


結翔「俺たち、親戚同士なんだ」

咲茉・ありさ「「…えっ!?」」


結翔の突然の発言に、咲茉とありさの声が重なる。

しかし、すぐに状況を理解する咲茉。


咲茉「そ、そうなの…!だから、部屋が余ってるウチに引っ越してきて」

ありさ「そうだったんだ〜!でもそれなら、転校初日に気づかない?席も隣同士なのに、よそよそしくなかった?」

結翔「親戚って言っても、遠い親戚同士だからね。会うのも久々だったから、全然お互いのことに気づかなくて」


ありさに淡々と説明する結翔。


咲茉(…さすがミナトくん!映画やドラマに出てるだけあって、演技が自然)


思わず見入ってしまっていた咲茉。


ありさ「あ〜、なるほど。でも…あれ?顔は覚えてなくても、名前聞いたらわかるもんじゃないの?」

結翔「そうなんだけど、お互いにうっかりぼうっとしてたから。ねっ、えまちゃん」

咲茉「…う、うん!」


仲良さそうに顔を見合わせる咲茉と結翔。

「そうだったんだ〜」とつぶやきなぎら、結翔の説明をすんなりと受け入れるありさ。


ありさ「そうだ!咲茉、今度『またキミ』が全話再配信されるらしいよ」


『またキミ』とは、ドラマ『またキミに出会えて』の略。

2年前に放送されていた連ドラ。

ヒロインの相手役に、ドラマ初出演のA*STERのルキが抜擢され話題となった。


ありさ「しばらくはルキに会えないもんね。『またキミ』見て、ルキを拝んだらいいよ」

咲茉「そ、そうだね…!」


ルキ推しではないため、苦笑いを浮かべる咲茉。


結翔「へ〜。咲茉ちゃんって、ルキのファンなんだ」


隣から結翔の声が聞こえる。

ビクッとして顔を向ける咲茉。


咲茉「べっ…べつに、ファンとかそういうわけじゃ――」

ありさ「な〜に言ってるの!咲茉はA*STERのファンで、ルキ推しじゃん!」


口をあんぐりと開けて、愕然とした表情でありさのほうを振り返る咲茉。


咲茉(あ…ありさ!わたしが“ファン”だってことは、結翔くんには秘密にしてたのに…!)


咲茉はその場で固まる。


ありさ「ちなみに、あたしの推しはミナト!」


ありさは自分のスマホのロック画面になっているミナトの写真を結翔に見せつける。


ありさ「…あっ!そういえばあたし、今日日直だったんだ!ごめん、先に行くね!」


咲茉と結翔をその場に残し、学校へと走っていくありさ。

無言のまま、隣同士で歩く咲茉と結翔。

咲茉は気まずい空気を感じ取る。


咲茉(…どうしよう。結翔くんに、わたしがA*STERのファンだって…バレてしまった)


ありさと合流する前の出来事を思い出す咲茉。


結翔『えまちゃんが、俺の“ファン”とか“推し”じゃなくてよかったよ』


咲茉(さっき結翔くんはああ言ってたのに、わたしがファンだって知って、今…どう思ってる?騙したなって、怒ってるのかな…)


こわくて、結翔のほうを向けない咲茉。


結翔「…えまちゃんって、『A*STER』のファンだったんだ」


結翔から低い声が聞こえ、恐ろしくてビシッと背筋を正す咲茉。


咲茉「あ…、えっと…。そのぉ…ありさが言ってたことは――」

結翔「うれしかったよ」

咲茉「…え?」


予想外の言葉が帰ってきて、驚く咲茉。


咲茉「でもさっき…、わたしがファンじゃなくてよかったって――」

結翔「ああ、それは“俺の”ファンじゃなくてって意味。A*STERの歌やダンスを好きでいてくれる人がいるってだけで素直にうれしいよ。しかも、こんな近くに!」

咲茉「わたしだけじゃなくて、A*STERのファンなんてそこら中にいるよ!」

結翔「そんなに?」

咲茉「そんなに!」

結翔「そっか。みんなが、えまちゃんみたいな素直に推してくれるファンだったらいいんだけどなぁ」


ぽつりとつぶやいて、小さなため息をつく結翔。


結翔「そういえば、妹尾さんのスマホの画面…俺だったね」


苦笑いする結翔。


咲茉「…実はそうなの。A*STERがデビューしたときからミナトくん推しらしくて。…でも!追っかけて家を突き止めようとか、そういうコじゃないから安心して…!」


誤解されないように説明する咲茉。


結翔「そんなに必死にならなくたって、ちゃんとわかってるよ。だって、妹尾さんはえまちゃんの親友なんでしょ。それなら大丈夫だ」


必死な咲茉を見て、クスクスと笑う結翔。


結翔「でも、俺がミナトだって知ったらびっくりしちゃうよね」

咲茉「たぶん、気絶しちゃうんじゃないかな」

結翔「だったら、なおさら“コレ”だね」


“コレ”と言いながら、結翔は口元に人差し指を立てる。


結翔「このことは、2人だけのヒミツ」

咲茉「う、うん…!」


地味な格好でもメガネの向こう側にある結翔の瞳に捉えられ、咲茉は顔を赤らめながらうなずく。


結翔「それにしても、えまちゃんはルキ推しだったんだ」

咲茉「あ……、うん…」

咲茉(…本当は違うけど)

結翔「あいつ、かっこいいもんなー。これからもルキのファンでいてあげて」

咲茉「それは…もちろん!」


複雑な心境の咲茉。

ミナト推しではなくルキ推しと思われているために、結翔からは警戒されてはいない。

しかし、推し本人に推しを勘違いされているこの状況が、まるで好きな人に好きな人を勘違いされているような感覚でどこか歯がゆく感じる咲茉。



◯前述の続き、学校、廊下(放課後)


登校し、いつものように授業を受ける咲茉と結翔。

結翔がミナトだと気づかれることもなく、今日の学校が終わろうとする。


咲茉「…やばい!この面談のプリント、提出するのすっかり忘れてた!」


帰り際、提出期限が過ぎているプリントの存在に気づいた咲茉。


ありさ「今からでも先生に出しに行ったほうがいいんじゃない?」

咲茉「そ、そうだね…!」


咲茉は慌てて教室を飛び出す。

廊下を走る咲茉。

すると、曲がり角から現れた人影に思いきりぶつかる。


咲茉「…いたたたたっ。ご…ごめんなさい、大丈夫ですか――」


と言いかけた咲茉が固まる。

目の前には結翔の顔があり、咲茉が押し倒すようなかたちで結翔と廊下に倒れていた。


結翔「俺こそ、よく見てなくてごめんね」


結翔と目が合い、ドキッとする咲茉。

慌てて結翔の上から退く。


生徒たち「なになに?」

生徒たち「どうしたー?大丈夫?」


周りにいた生徒たちが心配して歩み寄ってくる。

咲茉は、はっとする。

今の結翔は、倒れた拍子に前髪がかき上げられメガネも外れた状態。


咲茉(こんなの、どこからどう見てもA*STERのミナトくんのまんまだよ…!)


瞬時に結翔の前髪をくしゃくしゃにして下ろし、落ちていたメガネをかけさせる。

地味な結翔の完成。

結翔はなんのことかわからず、ぽかんとしている。


咲茉(これでよし!)


1人で満足感に浸る咲茉。


ありさ「咲茉〜!すごい音したけど大丈夫?」


後ろから、咲茉のあとを追いかけてきたありさ。


咲茉「あ…、うん。ちょっと結翔くんにぶつかっちゃって」

ありさ「気をつけなよー。早くプリント提出して、カラオケ行こうよ」

咲茉「そうだね」


立ち上がる咲茉。

いっしょに立ち上がった結翔を見つめるありさ。


ありさ「そうだ!水瀬くんもいっしょにカラオケ行こうよー」

咲茉「…えっ!?」

ありさ「せっかく同じクラスになったんだから、仲よくなりたいしさ!行こ行こ〜!」



◯前述の続き、カラオケ(放課後)


熱唱するありさ。

ありさの歌うほとんどの曲がMVありのA*STERの曲。

咲茉は結翔とのカラオケに緊張して、歌わずにありさの歌う曲に合わせてタンバリンを振る。

結翔もマラカスを振る。


ありさ「も〜、あたしばっかじゃん!咲茉、歌わないの?」

咲茉「…いや、わたしは――」

ありさ「いつもなら、いっしょにA*STERの曲歌ってくれるじゃん」


いじけたように頬を膨らませるありさ。


咲茉(そ…そんなの歌えないよ!本人がすぐ隣にいるっていうのに…!)


苦笑いしながら、冷や汗がダラダラと流れる咲茉。


ありさ「水瀬くんは?さっきからマラカスばっかだけど」

結翔「…俺は音痴だから」

ありさ「ウソだ〜!」


結翔を茶化しながら、タブレットで曲を検索するありさ。

モニターに向けて、勝手に曲を入れる。

ありさが入力した曲のイントロが流れ始める。


ありさ「じゃあ、この曲は?一昨年の紅白でA*STERが歌ってた超有名曲!」


流れているイントロは、2年前に発売されたA*STERの『wish(ウィッシュ)』という曲。

サブスク音楽配信サービスで3億回再生されたA*STERの代表曲。

同年代なら知らない人はいないほどの超有名曲。


ありさ「これなら、水瀬くんでも知ってるでしょ?」

咲茉(知らないわけがない…!だって、ありさの目の前にいるのが、この曲を実際に歌ってる本人だよ…!?)


結翔にマイクを差し出すありさ。

それをヒヤヒヤしながら見つめる咲茉。


咲茉「あ…ありさ!結翔くん、カラオケは苦手で――」


と咲茉が言いかけたとき、結翔がありさから差し出されたマイクを奪い取るようにして握る。

そして、その場でスッと立ち上がる。


結翔「『♪いつも泣いているキミ――』」


熱唱する結翔。

予想外の展開に、開いた口が塞がらない咲茉。

結翔は1曲すべて歌い、マイクをそっとテーブルに置く。


ありさ「水瀬くん、すご〜い!音痴とか言ってたのに、めちゃくちゃうまいじゃん!」


大興奮のありさ。


ありさ「しかも、声マネっていうの?ミナトの声そっくりでびっくりしたー!」

咲茉(…声マネじゃない。正真正銘、ミナトくんご本人です…!)


苦笑いを浮かべる咲茉。

モニターからカラオケ採点の軽快な音楽が流れる。


【100点】


モニターに映し出された100点満点のスコアに、咲茉とありさは口をぽかんと開ける。


ありさ「すごい、水瀬くん!声も似てるしスコアも満点だし、もう本物じゃん!」

咲茉(だから、本物なんだって…!)


バレないか1人ヒヤヒヤする咲茉。

そのあと、別の曲を入れたありさが再び大熱唱してカラオケは終了。



◯前述の続き、帰り道(夕方)


ありさと別れた咲茉と結翔は並んで歩く。


結翔「久々にカラオケ行ったら楽しかった」


夕焼け空を見上げながら微笑む結翔。

咲茉は、結翔がミナトだとありさにバレないか常にヒヤヒヤしていたため、まったく楽しむことができずにげっそりしている。


咲茉「でも結翔くん、どうして歌おうと思ったの?」

結翔「あれは、俺が初めて作詞作曲した曲なんだ。一番思い入れがあったから、つい体が勝手に反応しちゃった」


いたずらっぽくペロッも舌を出す結翔。

そんなおどけた結翔の表情に、ぽっと頬が赤くなる咲茉。



◯前述の続き、咲茉の家、脱衣所兼洗面所(夜)


咲茉(それにしても、ミナトくんの生歌を聞けるなんて思わなかったな〜。推しとしては最高すぎたけど、ありさにバレてないかな…)


そんなことを考えながら、歯磨きをしにパジャマ姿の咲茉が洗面所のドアを開ける。

洗面所に入り、何気なく開けたドアを閉める咲茉。

そこには、お風呂上がりの上半身裸の結翔がいた。

結翔と目が合う咲茉。

結翔の上半身裸の姿を見て、一瞬にして顔が赤くなる咲茉。


咲茉「…わっ!ごっ…ごめん!!てっきり、だれもいないと思って…!!」


両手で顔を覆い、結翔に背中を向ける咲茉。


咲茉「すぐに出ていくから…!ほんとにごめ――」


出ていこうとする咲茉は、ドアの取っ手に手をかける。

そのとき、背後に気配を感じる。


結翔「待って」


振り返ると、上半身裸の結翔がすぐ後ろに立っていてじっと咲茉を見下ろしている。

結翔の体を直視することができず、しかも結翔に密着されそうで戸惑う咲茉。


咲茉「ゆ…結翔くん!この状況、…どういうことー!?」
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