結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
「ひとまず私が言えるのは……ノア様は、エルザにずーっと一途だったってことくらいかしら」
「! そんなのありえないわ。たしかに昨日、ノア様に好きだとは言われたけど……」
「言われたの!? ちゃんと言えたのね! ああもう、もっと早く伝えておけばよかったのに!」
 告白を受けた話をすると、ベティが興奮気味に食いついてきた。
「で、でも、私は信じられないの。ノア様、在学中私にだけものすごく冷たかったんだもの。それなのにいきなり好きって言われても……」
 行動と言動が合っていなさすぎて、すんなりと受け入れられるものではない。そんな私の様子を見て、ベティは「……そうよね」と目線を斜め下に落として項垂れる。今日初めて、べティのテンションが下がるところを見た。
「エルザがそう思うのは当然のこと。でもね、これだけはわかって。……ノア様って、完璧な人に見えるでしょう?」
「ええ」
 成績も常にトップで、魔力もトップクラス。おまけに背も高くスタイルもよく顔もいい。非の打ちどころがないとはこのことを言うのだと、ノア様を見て知ったほどだ。
「だけど本当はそうじゃない。完璧な人なんて、この世にはいないのよ。ノア様にも唯一の欠点があった。それは……死ぬほど恋愛が下手なこと」
 右手でベティが額を押さえ、がっくしと肩を落として言った。
「ノア様が恋愛下手……? またまたぁ。ノア様に優しくされたら、どんな女性もコロッと好きになっちゃうに決まって――」
「その優しくするっていうのができない人だったの! しかも好きな人にだけ! 理由は好きな人を前にすると緊張して話せくなるから!」
 まくしたてるようにベティが言う。あまりの勢いに圧倒され、私は言いかけた言葉を途中で止める。
「……これでわかったでしょう? ノア様はエルザに冷たくしたんじゃあない。あなたを好きだからこそ、特別だからこそ、今まで接し方がわからなかった。それだけよ」
 肩で呼吸をしながら、ベティは私を諭すようにそう言った。
 ――私を好きだから、接し方がわからなかった?
 それで、ずっと避けるような態度を取られていたってこと? 私も私で嫌われているなら極力関わらないようにしようって思って、ノア様と距離を置いていた。
「それに……これを私が言ったのは内緒にしてほしいのだけど」
 ベティが気まずそうに、ぽつりと話し出す。
「本来なら、エルザは卒業できなかったの。なぜかというと……二年生に進級する際、学費の支払いが追い付かなかったから」
「……えっ?」
 ローズリンド王立学園は、進級時に一年分の学費を払うか、入学時に二年分の学費を払うかを選択できる。お金に余裕のある貴族はもちろん後者を選ぶが、余裕のない貴族は前者を選択し、進級できず泣く泣く学園を去る者は珍しいがゼロではないと聞いた。
 そして、まさか自分がそんな窮地に立たされていたなんて知らなかった。私が学園に通えていたのは、お父様が二年分の学費を払ってくれていたからだとばかり思っていたのだ。
「じゃあ、どうして私は進級できたの……?」
「裏でノア様が手を引いていたからよ。匿名で、レーヴェ伯爵家に学費援助をしたの。もちろん、エルザには言わない約束でね」
「……ノア様が?」
「学園運営には王家が関わっているから、このままではエルザが退学になるってことにいち早く気づけたのよ。ノア様はエルザを退学させないために動いたの」
 知らなかった。
 あの時点で伯爵家が私の学費も払えないほどたいへんだったことも、援助を受けて通えていたことも。そして、その援助者がノア様だったことも。
「レーヴェ伯爵の事業がうまくいっていない噂はちらほらあったけど、多額の詐欺に遭っていたことは、世間もノア様も知らなかったみたいだから……それからさらに家が傾いていたなんて、ノア様も思わなかったんでしょうね」
 だからパーティーの時、私が伯爵家の話をしたら驚いていたのか。たしかに、伯爵家が危機にあることを公にはしていなかった。社交界に出なくなったせいで、噂は立っていたけれど。
「……私が無事に卒業できたのは、ノア様のおかげだったのね」
 知らないところで、私は彼に助けられていた。
 ローズリンド王立学園の卒業証書を持っているというだけで、世間からの見る目は変わる。就職も有利になるし、令嬢としての格も上がって、婚活も有利なものとなる。もし私が進級できず退学になっていれば――伯爵家を立て直すことは、今より困難だったろう。
「あとねエルザ。私、あなたのおかげでこんな素晴らしい場所で働けているのよ」
「ベティが?」
「孤児院上がりの私が王宮侍女として働けるのは、エルザがいたから。私、昔から人のお世話をすることが好きだったから、侍女になれてよかったって心から思ってる。だからあなたに、私に対して後ろめたいって気持ちを持ってほしくない。これをちゃんと伝えたかったの」
 眉を下げて、困ったようにベティは笑った。
 彼女には、私がベティに対して申し訳ないって感情を抱いていることが伝わっていたようだ。ここでベティの本音を聞けて、私の胸につっかえていたもやもやが、やっと晴れていくように感じる。
「……わかった。ありがとう、ベティ」
「お礼を言うのは私のほうって言っているでしょう」
 私より少し背の高いベティに、人差し指でおでこをつんっとされる。孤児院でもよくベティにこうされていたことを思い出し、自然と笑顔がこぼれた。
「遅れたけど、結婚おめでとうエルザ」
「……ありがとう」
 昔と変わらぬふわりとした笑みを浮かべるベティの祝福の言葉に、邪念はひとつも感じられない。彼女は心から、私の結婚を祝ってくれている。そう思ったと同時に、こんなに綺麗なベティより私を好きだなんて、やっぱりありえないとも思った。
「これからはノア様に頑張ってもらわないとね。世間にはびこる〝王子と侍女の禁断の愛〟なんて鳥肌ものの噂を、一刻も早くなくしてもらうために! エルザも協力してもらうわよ!」
 相当噂が嫌なのか、ベティの目は本気だった。
 王都中に広まった噂を覆す方法など、私の頭では到底思いつかないが……ベティがそれを本気で望んでいるのなら、できることはしてあげようかな。

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