結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
「リック様! お会いできて嬉しいっ!」
【ぐえっ。おいエルザ、早く助けろっ!】
 加減を知らないピアニーは、リックのもふもふを潰すようにぎゅううと抱きしめている。リックの大きな身体がピアニーの圧で細くなり、リックは苦しそうにもがいていた。
「ピアニー、リックが苦しそうだから、もうちょっと優しく……」
「うるさいわねっ! ていうか、勘違いしないでよ。別にアンタのおかげでここに来られたとか思ってないからっ!」
 私に指図されるのが嫌なのか、ピアニーはリックに見せる満面の笑みとは真逆の憎悪に満ちた眼差しで私を睨みつけてきた。どうやら、私もノア様動揺、ピアニーにはよく思われていないようだ。ちょっぴり悲しい。それでもリックが苦悶の表情を浮かべているのに気づき、無言で解放してあげている。
【ピアニー。まさかお前、ノアに頼んで庭から出たのか?】
 締め付けから解放されたリックは、けほけほと小さく咳き込んでピアニーに問いかけた。
「はいっ! 今回のノアは機嫌がよさそうだったから、アタシの頼みを聞いてくれると思って!」
 今回のって、ピアニーだけでなく、ノア様もいつも神と精霊の庭で機嫌が悪そうに振る舞っているのだろうか。神聖な場所なのにみんながイライラしているのは、少しどうかと思うが……。これが原因で、神聖力が下がっていたりして。
「でもノアがいたらこうしてリック様と話すことができなかったから、アルベルトはナイスだったわ! ノアが戻ってくる前に、たくさんリック様とおしゃべりしておかないと」
 ……そうか。ノア様がリックをペットだと思っているせいで、この場にノア様がいたらリックは声を出せなかった。そう考えると、たしかにアルベルト様の連れ出しはナイスタイミングだったわ。
「ピアニーは、私がリックの正体を知っているってわかっていたの?」
 しゃがみこんで、ピアニーと目線を合わせて問いかける。多分だけれど、ピアニーは上からものを言われることを好まなそうだ。
「ハァ? 当たり前じゃない。精霊は庭から国中の様子を見ることができるの。アタシはずーっとリック様を監視しているんだから、アンタと話していたのもお見通しよ」
【監視するなピアニー。きちんと仕事をしろ】
「だって、ノアがトップに立つこの国に加護を与えたい人間なんていないもんっ!」
 リックに怒られて、ピアニーは拗ねたようにふんっと小さな鼻息を鳴らす。その様子を見て、リックは呆れたように首を左右に振った。
 仕事っていうのは、加護を与える人間を探すことをいうのかしら。
ローズリンドでは、精霊に加護を与えられた者のみ魔法を扱えるようになる。そのため生まれつき魔力を継ぐ家系は王家のみだ。
「ねぇピアニー。ノア様となにかあったの? そこまで言うなんて、よほど嫌いみたいだけど……」
 気になって、できるだけやんわりと穏やかな口調で聞いてみた。
「嫌いね。大っ嫌いよ。アタシから大事なものを奪ったんだもの! 人間界では大人気みたいだけど、精霊界では人気ないんだから!」
 ノア様にだけ特別辛辣なところが、どこかベティと被ってしまった。ノア様をこんなふうに言うのは、世界中でもこのふたりだけにも思える。
「えっと、大事なものって?」
「……まだ教えないわ」
 まだってことは、いつか教えてくれるって解釈でいいのか……な?
「ていうか、アンタは嫌いじゃあないの? ノアのこと」
「……え? 私が?」
【おいピアニー! わけのわからないことを言ってエルザを混乱させるな!】
 リックが前足で器用にピアニーの口元を塞いで黙らせる。
 ……私がノア様を嫌い? 自分が嫌いだから、ノア様を嫌わない理由がわからないのだろうか。
 でも言われてみれば、何度も自分を殺した相手を嫌いと思えないなんて、私って相当おかしいかも。当時はずっと、ノア様は私を恨んでも仕方ないって思っていたが、その推理が当たっていたとしてもただの逆恨みに過ぎないのに。今なんて、殺された意味もわからない状態だ。
「嫌いっていうより――なにを考えてるかわからなくて怖い、のほうが合ってるかな」
 私はひとりごとのように、右手を顎に添えて呟いた。
「それは同感! ノアってそれはもう、最強に最恐っていうか……激怒したノアを見たら、ちびりそうになるもの」
 初めて意見が合ったのを喜ぶように、ピアニーはリックの前足をひっぺがして私にそう言った。
「へぇ。そうなの? ピアニーは激怒したノア様を見たことがあるのね」
「ええ。リック様もね」
【……まぁな。だが、その話はいいだろう。べつに面白い話ではない。ところでピアニー、お前は私になにか用事があったのか?】
 激怒したノア様の話をもっと聞きたかったのに、リックにうまく話題を逸らされてしまった。思い出したくないほど怖いのか。
「ある! リック様、この前エルザにいーっぱい自分の身体を触らせていたでしょう!? ずるいずるい! 普段は触られるのが大っ嫌いなくせに!」
【あっ……あれはだな。くそ、エルザに身体を許したせいで、面倒なことになった】
「アタシにも、リック様の逞しいもふもふを堪能させてくださいまし!」
 そう言って、ピアニーはわしゃわしゃと雑な手つきでリックの全身に両手を這いずり回す。不快なのか、リックの毛が一瞬にしてぞわりと逆立った。
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