結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
 つまり、ノア様はここで私の相談をベティにしていたと? ベティがノア様に恋愛相談をされていたという話は聞いていたがここで実際に行われていたのか。たしかにここなら誰も来ないし、会話を聞かれることはない。
「そして今、ここにベティがいたとしたら、俺はこんな相談を持ち掛けただろう。……エルザはさっき話していた男に、気があるのではないかと」
「さっきのって……ユベールですか?」
 まだ彼のことを引きずっていたのか。ノア様の執念深さは身をもってよく知っているが、こんな場面でも知ることになろうとは。
「あいつの前で笑う君は、いつもよりこう……自然だった。それを見ると、心臓が苦しくなった」
 人前ではあんなに凛々しく、王族の風格を周囲に見せつけていたと言うのに。私の前では子供のような顔で、嫉妬心も隠すことなく曝け出してくる。みんなはノア様のこんな姿を知らないのだと思うと、私だけ特別なのだとノア様にわからされている気分になる。
「彼の前で自然だったのは……昔、親しくなった人に似ていたからです。べつに気があるわけではありませんよ」
「昔親しくなった人? そんなやつの話、聞いていない」
「親しくというか……孤児院でお世話してた、赤ちゃんです! 可愛い赤ちゃんを見ると顔が勝手にふにゃって綻ぶでしょう! それと同じ原理です!」
 そう言うと、やっとノア様は納得したように頷いた。前世で結婚予定だった男性なんて言えば、ノア様に頭がおかしいと思われる。しかしその結婚を叶わなくしたのはノア様なのだ。もちろん、目の前の彼にその記憶はないとわかっている。今世のノア様とこれまでのノア様は違う。一緒にしてはいけない。
「じゃあ、好きではないんだな」
「はい。ちっとも」
「ならいいけど……エルザ、俺って嫉妬深いから、今度からは気を付けて」
「……気を付ける?」
「俺の前で、あんまりほかの男に笑いかけないでほしい。君にその気がなくたって、向こうがその気になる可能性がある。だって君は世界でいちばんかわいくて素敵な女性だ」
 みんなにとって、私がそんなふうに見えているわけがないのに。実際ユベールだって、私にこんな甘い囁きをくれたことはない。私が笑いかけるより、私が薬の試供品を試した時のほうが嬉しそうにしていた。
「たとえばもし――エルザがほかの男と結婚なんてしていたら、俺はなにをするかわからなかった」
「……!」
 そう言うノア様の瞳から、光が消えている。
 ――まさかノア様が私を殺していたのって、私がノア様以外の人と結婚したから……?
 そう思うと、いろんな辻褄が合うことに気づく。死ぬ時いつも痛みがなかったのも、ノア様が私に配慮してのことだった?
だが、ノア様ほどの人がそんな理由で自らの手を赤く染めるのか? と疑問も抱く。
「……私も、たとえ話をしてもいいですか?」
「なんだ?」
「私がノア様以外の人と結婚したら……ノア様は、私を殺しますか?」
 あまり真剣になりすぎないよう、だけど軽くなりすぎない塩梅で、私はノア様に問いかける。相変わらず輝きを失ったままのアクアマリンは大きく揺れて、その後、ノア様は自嘲するように笑った。
「まさか。大事な君を手にかけるなら俺が死ぬ。俺が君を殺すとしたらそれは……君が俺に〝殺して〟と頼んだ時だ」
「……私が?」
 いくら考えても、私からノア様にそんなことを頼んだ覚えはない。
「だがもしそんな事態が起きれば、俺はこの世界を恨むだろう。君と俺が結ばれないだけでなく、君が死にたくなるような世界なら、いっそなくなればいいって。……なんだか暗い話になったな。エルザ、怖い質問はやめてくれ」
「ご、ごめんなさい」
 ノア様は話すたびに気分が落ち込んでしまったようで、私は変な質問をしてしまったことを後悔する。
 私がどんなにつらいことがあっても、生きたいと思った。生きたいと思ったからこそ、ここまで諦めなかったのだ。だから私がノア様に殺してと言うはずがない。
 ……ノア様は、私に嘘をついている? それとも、実際そうなってみると頭に血が上って、私を殺めてしまった? ううん……まさかね。
いくらノア様が嫉妬深いといえど、それだけで人殺しはしないだろう。私は頭に浮かんだひとつの可能性に蓋をして、見て見ぬふりをすることにした。
「それで、俺の頼みは聞いてくれるのか?」
 話題を引き戻されて、私はなんのことだっけと首を傾げる。私のとぼけた顔を見て、ノア様は少しむっとした顔をした。
「ほかの男に笑いかけないでほしいって言ったろう」
「そんなの、ノア様にも言えることです。というかさっきの言葉、そっくりそのままお返しします。ノア様にその気がなくとも、あなたの王子スマイルを受ければ、みんなノア様を好きになっちゃう」
 在学中だって、ノア様に微笑みかけられて目がハートになっていく令嬢を何人も見てきた。
「前も言っただろう。俺は気のない相手にこそ、愛想笑いが得意なのだと」
「ノア様はそれを理由に、これからもたくさんの女性に笑いかけるということですね?」
 言い訳されたことに、私も何故かカチンときてしまい、強めの口調で言い返してしまった。
「……驚いた」
「なにがですか」
 私がこんな我儘を言うことに、ノア様も呆れたのだろうか。
「君はほかの令嬢に嫉妬するほどには、俺を恋愛対象として見てくれているんだな」
 にやりと口の端を挙げて、ノア様は笑った。私は図星をつかれたことで、餌を待つ魚のように口をぱくぱくとさせる。
 ノア様の言う通りだ。ほかの女性に笑いかけることに嫌悪感を抱くなんて、恋心が動いているとしか思えない。
 そもそも、私は幼い頃一度ノア様に好意を抱いた経験がある。だがたとえそういうアドバンテージがあったとしても、自分を殺した相手を好きになるなんて。
 心で否定しようにも、身体は正直になることを訴えかけるように私の心臓を早く脈打ってくる。だけども、私はノア様を好きになることが怖い。一度彼の沼に嵌ってしまえば、せっかくループから抜け出して手に入れた今の生活が、平穏でいられなくなるようで。
「……私は、ノア様を恋愛対象で見ているんだと思います。だけど」
「……けど?」
「ノア様を好きになるのは、怖いです」
 彼は、好きになってもいい相手なのか、私にはわからない。だがその危うさが、私を惹きつけていることも否定はできなかった。
「俺も怖い。君をこんなにも好きでいる自分のことが」
「ノア様も?」
「ああ。エルザとはべつの恐怖かもしれないけれど。……エルザの怖いっていうのは、不安に近いものだと思う。君の瞳が、そう訴えてる」
 ノア様は親指で私の目尻を涙をぬぐうように優しく撫でた。
「俺はなにがあっても、エルザだけが好きだ。君が望むなら、君以外の女性とは口をきかなくたっていい」
「それは……仕事に影響が出るような」
「それくらいの覚悟ってことだ。エルザが不安になることはなにもない。いつか、俺が君の怖さを取り除くことができれば――俺のことを、愛してほしい」
 切なげに瞳が細められ、長い指は耳を辿って私の手のひらの上へと落ちていく。
 このままなにも考えず、ノア様を愛せたら。なにも疑うことなく、この手を握り返せれば。
「なにか不安に思うなら、いつでも言ってほしい」
 念を押すようにノア様に言われる。ここまできてしまえば、もうノア様の想いが嘘だとか、そんなことは思わない。彼が私を想う気持ちは、結婚してからの視線や態度で痛感している。私がどんなに小さな不安を口にしても、ノア様は真剣に、私に寄り添った答えを考えてくれるだろう。
だが、『あなたに殺された過去がある』なんて言えなかった。
……もしその事実をノア様が知ったら、私たちは、どんな未来を辿るのだろう。


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