888字でゆるいミステリー

第十六話 「積年のリーフパイ」

 


 新しい職場からの帰り道。

 時々妙な人を見かける。

 W川の橋の上でリーフパイを川に落とし続けている。

 その人の下には無数の鯉がいつもバチャバチャと群がっている。

 餌をやるにしてもパンの耳とかでいいのに、わざわざなんで菓子なんかあげてるのか……。

 ある日、その人が近所の子供と一緒に鯉にリーフパイをやっていた。

 子供がそれを食べていたのでどうやら賞味期限は切れてないらしい。

 気になって声をかけてみた。



「それ、もったいなくないですか?」

「これは供養なので。良かったらおひとつどうです?」

「あ、いや……。え、じゃあ、すみません、頂きます……。

 供養ってなんですか?」

「死んだうちの息子がこの菓子が好きだったんで。

 こうして供養に撒いてるんです」

「息子さん、この川で亡くなられたんですか?」

「いえ、他県のある海で死んだんですが、川は海と繋がってますから」

「それでわざわざH県の菓子を取り寄せてるんですか? すごいですね」

「よくわかりましたね。

 この菓子、H県のちょっとした銘菓なんですよ」

「俺地元がH県なんで、昔よく食べてましたよ、これ」

「そうですか。こちらに来られたのは最近ですか?」

「ええ、まあ……。心機一転っていうか、最近の近くの工場で働き始めたんです。

 この辺、住みやすくていいとこですよね」

「以前はどちらに?」

「……まあ、県外ですね」

「それって、K刑務所ですよね?」



 え……。

 いつの間にか目の前に折り畳み式のナイフが光った。

 腹部に突如襲ってきた痛み、俺は膝から崩れ落ちた。

 う、嘘だろ……。

 そんな、まさか……。



「事件当時は未成年だったせいで、あんたを見つけ出すのは骨が折れた……。

 出所してから、この辺に引っ越したらしいと言う情報を掴むだけでも一苦労だった……。

 でも、この菓子をばら撒き続けたかいがあった……。

 あんたは知らないだろうけどなあ、このリーフパイは俺の会社で作ってたんだよ。

 息子を奪われてから仕事が手につかなくなって、会社は潰してしまった。

 だから、この菓子はH県でも、どこでも、今は売ってないんだよ……。

 あんたが覚えていてくれて本当に助かった……。

 これでようやく、あの子は成仏できるだろう……」





                                                      








< 16 / 17 >

この作品をシェア

pagetop