新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜
エッ……。
高橋さんの視線の先を追って、 ミサさんもこちらを見た。
「全く関係のない人間を巻き込み、 ましてや弱っている人間を惑わし、 苦しめるような事はどう考えても言えないはずだ。 この際、 はっきり言っておく。 俺は、 この先も君の思い描いているような事を承諾するつもりはない。 そして、 それは彼女のせいでもない。 俺自身の意志だ」
そう言うと、 高橋さんはミサさんをもう一度見た。
高橋さん……。
はっきりそう告げた高橋さんは、 真っ直ぐにミサさんを見ている。 とても鋭い視線。 ミサさんを見る高橋さんの瞳は、 強い意志の表れ……。 
「貴博。 私は、 今でも……」
「Saudade……その先は、 言うな。 さっきも言っただろう。 俺達は、 10年前のあの時に終わったんだ。 もう別々の人生を、 歩み出している」
「貴博。 私は……」
「ミサ。 1つだけ言える事がある。 人は、 時間の経過と共に価値観も想いも変わる。 それは、 当たり前の事なんだ。 生きている上で、 色々な事が起きるし、 起こす。 自分の意としていないことも……な。 それを振り返った時、 どう自分が感じ取れるか。 そこが問題だと思わないか?」
「どういう意味? 私には、 わからないけど」
ミサさんは、 少しムッとしたような声で応えた。
「昔は、 こうだった。 昔は、 本当に良かった。 それは過去への憧れであって、 決して実を結ぶことはない。 過去はこうだったのにという想いをいつまでも引きずっていると、 前には進めないんだ。 確実に、 時は流れている。 若い時には、 決して戻れない。 それは、 誰しもが分かっていること。 同時に、 それは相手にも言えること。 相手も成長しているわけで、 当然価値観も変わってきている。 だとすると、 相手の価値観が変わったことも受け止めて、 過去の事は過去の事と割り切って、 良い想い出としてポジティブに生きていく方が良いと思わないか?」
「そんなに割り切れる事ではないわよ。 私は、 貴博みたいに大人にはなれないわ」
「フッ……。 俺だって、 同じだ。 人は、 今が一番若いと思っている。 それは、 どんな時でもな」
「どういう意味?」
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