奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「そう言えば――あなたの領地には、女性騎士見習いがいましたね」
「ええ、そうですわね。今の時代、男だけが騎士で剣を使えるという概念は、少々、時代錯誤だと思いますので」

 全く口調は変わらず穏やかなものなのに、なにげない一言が――辛辣である。

「仕事の役割として、騎士なら、命を懸けたり、体を張らなければならない状況があるかもしれません。危険な仕事であるから女性はできない、すべきではない、という理屈は、私には理解できませんので」

 そういう仕来りが多い国も、たくさんある。
 ノーウッド王国も、例外ではない。

「ノーウッド王国や、こちらの王国でも同様に、王宮、王族にだって、女性はいるものでしょう?」
「ええ、います」

「その場合、女性しかいない場で、一体、男性の騎士に何ができるのですか?」

 責めている口調でもない。
 避難している声音でもない。

 ただ、セシルはどこまでも静かで、淡々と、事実を質問しているようだった。

 護衛をしているのに、着替えをするから出ていけと言われてしまえば、その時点で、すでに任務を放棄しているも同然。

 ドアの向こうで待機している?

 でも、部屋の中に侵入者がやってきた場合、潜んでいた場合はどうなるんでしょう? ――そうやって、とても静かな口調のまま、セシルが質問を続ける。

「一歩、出遅れてしまえば、そこで、全てが終わってしまうこともあるのです。自分達の仕事であるのなら、任務を遂行する義務と責任を負うのであれば、余計な理由付けをするべきではないと思いますの。男だから、女だから、そんな理由付けをしていたら、自らが穴を作り、隙を作ってしまう原因に他ならないでしょう?」

 確かに、セシルの言っていることは正しい。

 大抵の国では男社会で、女性は護るべき者、護られる対象。そう昔からの決まりごとであるかのように、すでに、男女の区別がくっきりとつけられている。

 だが、騎士ともなれば、そんな理由付けで、自分達から壁を作ってしまい、できない状況が現れてしまった場合、それは限界だった――とでも、今度は言い訳することさえ許されていないはずだ。

「男性と女性とでは、元々の(たい)組織が違います。骨格も、筋肉も、腕力も、そう言った違いが顕著であるのは事実です。ですが、それを理由に、女性が剣を使えないと決めつけるのは、間違っていると思われませんか?」

 そして、また静かな質問がその口から紡がれる。

「力技で勝てなければ、違う方法を探すしかないでしょうし、頭も使わなければならないでしょうし、並々ならぬ努力をして、男性の騎士達に追いついていかなければならないでしょう。それでも、自分が納得できる、最後までやり通してみるのなら、やり遂げてみせるのなら、その選択肢を性別だけで切り離すことは、新しい可能性を潰している行為に思えてなりません」

 ですから、とセシルは説明する。

 セシルの領地では、男女共に、幼い時から、一番初歩的な護身術の講義を、きちんと受けさせているのだ。

 小学で、勉強の他の科目として、組み込まれているからだ。

 そこで剣を習いたいものは、騎士見習いの訓練に参加することもできる、と。

「まず初めに、自分で挑戦してみないことには、自分に合っている職業なのか、できる仕事なのか、自分の能力でも試せるのか、そういったことを確かめることもできませんもの」

「――そう、ですね」

 本当に、セシルの話を聞けば聞くほど、セシルの改革も方針も前衛的で、いつでもどこでも、可能性を潰さない。

 未来の可能性を、セシル自らが作り出していっているのだ。
 誰しもが生き抜いて、生き抜く為に。

 そして、その選択ができるように。

「――あなたの領地は、本当に、すごいですね」

「特別なことはしておりません。すごく、などありませんよ。ただ――この社会では、男女の区別がくっきりとつけられ、あたかも、それが当然であるかのような国家が成り立っています。国単位でそういった固定概念を変えていくことは、至難の業でしょう」

 国単位の政策変更や改革など、一生あったって、時間も、労力も、資金も、足りないばかりだ。

「対する私の領地は、規模が小さく、なにもかもが、ほとんどゼロの状態から始めています。ですから、そういう新しい政策や方針を、取り入れることができたのです」

「そうかもしれませんが――そういった新しい政策や方針を取り入れていくだけの勇気も、行動力も、皆を従えていく指導力も、色々、必要となってくるでしょう。間違いなくね」

 それで、セシルが顔だけをギルバートに向け、薄っすらとした微笑を口元に浮かべる。

「そこら辺の根性はあるものでして。まだまだ、若いうちは体力がありますから、若いうちにできることを、できる時にするように心がけておりますの」

「はは……。若さ――だけでは、できることでもないと思うのですがね……」

 きっと、セシルは今までもずっとそうやって、反対されては、セシルの考えを教え、納得させ、何度も試して試させて、何度も折れそうになっても挫けず、根性を見せて、自分のできることを皆に見せつけて来たのだろう。

 並大抵の努力ではないはずだ。

 固定概念を外れて人を納得させるなど、人の考えなど、早々、簡単に変わるものではないから。

「――――(くじ)けずに進んで行くことは、辛くなかったのですか?」

「今の所、我武者羅(がむしゃら)に突き進んでいる状態ですので、辛いというより、むしろ、思い通りにならないことが多くて腹が立つ――なんて、思ってはいけないのでしょうけれど」

「そんなことはありませんよ。そう言った感情があっても、あなたは諦めていらっしゃらない。そうやって、突き進んでいくことは、並々ならぬ努力が必要ですから」

「その手の根性もありますので。若さで乗り切っております」
「はは、そうですか」

 すごいですね……と、ギルバートの呟きは、胸内でしまわれていた。

「あなたに従っている精鋭部隊の子供達も、正規の訓練を受けたのですか?」

「一応、領地の騎士団での訓練ですけれど――きっと、王国騎士団の騎士の方から見れば、まだ足りないところがあるかもしれませんわ」

「ですが、騎士団長は――彼は経験者でしょう?」

 目敏(めざと)いギルバートである。本当に抜け目がない。

 訓練場で、数回、顔を合わせた程度で、剣を交えただけでもないのに、セシルの領地の騎士団長であるラソムが()()()など、すでに見抜いているのだから。

「引き抜いてきたんです」

「なるほど。経験者がいるのですから、訓練が足りないということは、ないと思いますが。彼らは子供ですから、まだ力が安定していないようですね。ですが、剣技も、これから経験をつけていけば、伸びていくものでしょう。ただ、それ以外のことで言えば――末恐ろしい子供達ですね」

「ゲリラ戦を得意としておりますから」
「ゲリラ、戦? それは何ですか?」

「あら? ご存知ありません? ――ああ、確か、ラソムもそのようなことを、以前に口にしていたような?」

 それで、ゲリラ戦の概念は、あまりに一般常識として扱っていたセシルだったので、この世界では、騎士達や兵士達が剣を抜いて、向かい合っての正攻法の戦法が多かったことを、今、思い出していた。

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