奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 なにしろ――セシルの側には、王国騎士団の騎士サマ達が揃っている。セシルの護衛をしている(優秀な) 子供達もいる。

 これが、お屋敷の奥深くに閉じこもって、何もできない貴族の令嬢だったのなら、王都の警備隊などに通報でもするのかもしれなかったが、セシルは、そこらの役に立たない令嬢でもない。

 むしろ、役に立ちすぎるほどの機転が利き、剣だって、おもちゃではない程度に使うことができる。

 これだけしっかりと犯人逮捕ができるメンバーが揃っているのに、現状を無視して通り過ぎろ――というのも、少々、無理な話だ。

「そのような危険な行為は、絶対にさせられません」
「副団長様、そのように心配してくださって、ありがとうございます」
「礼を言われることではありません」

 ギルバートは真摯な性格をしているから、セシルを利用しようだなどと考えもしないのだろう。
 騎士道精神も混ざって、令嬢に危険な真似はさせたくないのは一目瞭然だ。

 その優しい気持ちと心配は、セシルも感謝している。
 ただ、少々、状況が予断を許さないだけなのだ。

「捕縛した男達からは、もう、あれ以上の情報を得られるとは思えません。捕まった時の状況を想定して、自分達の仕事を分担しているくらいですものね。言い訳ができるように」

 そして、セシルが気付いた事実にも、ギルバートが気付いていないはずはない。

「この場に、他の仲間がやって来るのなら、囮を使い、どこに誘拐した娘を連れて行くのか、追跡するべきでしょう。せめて、アジトを辿(たど)れなくても、足取りは負うべきです。そして、そのような機会は、二度とやって来るものではありません」

「馬車で移動した場合?」
「その場合、残念ですが、その場で、全員、捕縛するより他はないでしょうね。こちら側は、移動の準備を整えていたのではありませんもの」

 馬車の中に連れ込まれ、追跡もできないまま、見知らぬ場所に連れ去られてしまったら、セシル達だって、完全に手持ちのカードが切れてしまう。

 その場合は、セシル自身の身を危険にさらしてまで、事件に関わるつもりはない。
 関わってやる気もない。

 セシルは、お遊びでこの国にやって来て、趣味で誘拐事件に首を突っ込んでやるような立場でもなければ、セシルの領主としての責任放棄だってできない。

 馬車に連れ込まれる前に、ギルバート達が、残りの誘拐犯を捕縛すべきなのだ。

 それで、また尋問し直しだろうが、それは、アトレシア大王国の問題であって、セシルの問題ではない。

 セシルが心配しなければならない問題でもない。

「副団長様に付き添って来た護衛が、かなりいらっしゃるでしょう?」

 セシルは、その数がどのくらいなのかは、はっきりと判断できないが、セシルの安全を確保する為に、そして、ギルバートが第三王子殿下という立場である現状からしても、しっかりと腕の立つ護衛が揃えられていても、全くの不思議はない。

 それなら、少々、乱闘騒ぎになっても、援軍を呼ばずに、犯人確保に及ぶことができるかもしれない。

 セシルの言っていることは、理に適っていると分かっているのだ。

 セシルの協力があれば――きっと、裏にいる犯罪人にも、接触できる可能性は出てくる。

 そして、その場で、現行犯で取り押さえることだってできるだろう。
 それは、分かっているのだ。

 分かってはいても――ギルバートは、絶対に、そんな危ない真似を、セシルにはさせたくないのだ。

 それで、葛藤しているギルバートは、(あまりに珍しく) 片手で両目を覆うように顔を隠し、そして、顔を上げたまま、何も言わない。

 クリストフも、その(少々) 感情的になっているギルバートを無言で見やりながら、口を挟もうかどうか迷っている様子だ。

 さすがに、ギルバートの最愛の思い人となったセシルに、囮になってその身を危険にさらしてください――などと、ギルバートが言えるはずもなし。

 王国騎士団の“紳士道”だって徹底的に教え込まれて、身に()み込んでいるほどなのに、貴族のご令嬢に、誘拐犯と一緒に閉じ(こも)ってください、なんてそんなひどいことを言えるような(しつけ)だってされていない。

 あまりに渋っているギルバートの様子と、その葛藤している態度も、セシルはちゃんと理解しているつもりだ。

 たぶん、セシルの話していることは、現時点では、一番の解決方法であるのだろうが、ギルバート自身には、無理なお願いをしてしまっていることも、ちゃんと理解していた。

 時間が、限られている今は、あまり選択肢が残されていない……。

「トムソーヤ」
「わかりました」

 名前を呼ばれただけなのに、トムソーヤは、全てセシルの意図を理解しているようだった。

 着ているシャツのボタンを外し、スルスルと、シャツをまくり上げていく。

 シャツが上がっていき、露わになった腕には――腕に巻かれた布に、ナイフが何本も刺さり、隠されていたのだ!

 それを見たクリストフの瞳が、驚きで、一瞬、パっと、上がっていた。

 そんな場所に、暗武のナイフを隠して持っていた事実には驚いたが、ギルバートには、以前、トムソーヤの攻撃した場面を見ている。だから、暗武(あんぶ)を隠していた事実には、もう、驚きはしなかった。

 セシルは、今日は、襟の突いたシャツに薄手のジャケットを羽織っている(ズボンはいつものことだが)。

 トムソーヤからナイフの刺さっている巻き布を受け取り、ジャケットの下で、自分の腕に巻き付けて行く。

「なにか、縄ではなく、縛り付けられるような紐が欲しいですね」
「じゃあ、ベッドにあるシーツにしたらどうですか? グルグル巻きにした場合、縛り付けられているように見えると思います」

 フィロの提案に、セシルも賛成だった。
 大急ぎで、ジャンがシーツを切り裂いていき、長い紐を作った。

「トムソーヤの隠れる場所が必要だな」
「なにか、箱でも探してきて、部屋に置いてあるようにでもすればいいんじゃないのか?」

 ケルトとハンスの二人が勝手に動き出したそうな気配で、ギルバートが割って入っていた。

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