奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 この程度の捕縛なら、意識もあるし、立ってもいられるのだから、必死で逃げ道を探し、どうにか縛られている状態を解放しようと試みるだろう。

 だが、この時代、女性はなにかにつけてか弱く、抵抗する技術や知識を身に着けていない者が多いだけに(ほとんどで)、誘拐された場で逃げ出そうなんて、考えも及ばないことだろう。

 おまけに、恐怖で身震いしている状態なら、正常な思考は働かないことが多い。

 そう言った背景も考慮して、セシルが一人で部屋の中にいて、縛られていようが、気絶させられていなくても、犯人達がその状態を怪しむことはほぼないだろう、とセシルも確信していた。

 常に冷静沈着で、修羅場を(くぐ)り抜けて来たセシルにとっては、この程度の芸当はお茶の子さいさいなのだ。

「なんだよ。こんな上玉、滅多にお目にかかれるもんじゃないぜ」

 男が、乱暴にセシルの顎を掴み、顔を上げさせた。

 内心で、こんなヤサグレチンピラに顔を触られて、その場で殴り飛ばしたい衝動を押さえ込んで、セシルがパっと顔をそむけるようにした。

 セシルの行動に腹を立てた様子もなく、嫌らしく、男はニヤニヤとセシルを観察している。

「今回は、いつもの倍額でも足りねーな」
「上玉だぜー。もっと跳ね上げても、釣りが来るくらいだろうぜ」

 三人目の男が、セシルの足元にある麻袋に気付き、しゃがんでいた。

「おい。もう一人いるぜ」
「二人なのか?」

「あいつら、一体、どこに行ったんだよ。全く、ブツを置き去りにして、逃げられたらどうするんだよ」
「逃げるわけねーだろうが」
「そうそう。そこのキレーな姉ちゃんも、恐怖で声なんかでないだろうぜ」

 近寄って来た男が、セシルの下ろしている髪の毛を掴み、その手を髪の毛先まで滑らせていった。

 この男。
 絶対に叩き潰す。

 これで、二人の標的が決まった。絶対に手加減なんてしてやらない。
 汚らしくセシルに触った代償は、絶対に支払わせてやろう。

 セシルの覚悟を知らない男達は、仲間の“仕入れ屋”がいないことを、あまり不審に思っていないのか、焦っている様子も見られない。

「あいつらなんか、待ってられるかよ」
「一体、どこうろついてんだ。まったく。なってねーな」

 ぶつぶつと文句をこぼしていても、自分達で残りの仲間を探しに行く気配は見られない。

「おい、どうするよ」
「二人を(かつ)いだら目立つな。だったら、こっちの女は歩かせるか」

 それを決めたらしい男が、また、セシルの前で顔を近づけて来て、スッと、目の前にナイフを出した。

「おい。うるさく騒いだら、そのキレーな顔が台無しになるぜ。傷つけられたくなかったら、大人しく言うことを聞いてろよ」

 ピタっと、ナイフがセシルの頬に当てられて、セシルは、コクコクと頷いてみせる。

 セシルのその様子に満足したのか、一人は麻袋に入ってる娘を背に担ぎ上げ、一人は自分が身に着けていたフード無しのマントを、ガバッと、セシルの頭の上から被せていた。

 二人の男達がセシルの両脇に立ち、一人がナイフをセシルの腰に当ててきて、もう一人で、セシルの腕を取っていた。

 それから、三人が家を立ち去って行く。

 表通りには戻らず、家と家が建ち並ぶ隙間のような横道をずっと奥に進んで行き、それから、少し治安の悪そうな区域にも入って行く。

 道端の端には浮浪者がいたり、うろついている住民も風体(ふうてい)が悪く、通り過ぎて行く男達には目をやりもしない。

 かなり遠い場所まで、歩かされているようだ。

 人気も(とお)のいた場所にやって来ると、視界の向こうには、荷馬車が一台停まっているようだった。

「時間通りだな」
「今回は、上玉だぜ」
「へえ」

 荷馬車の側で立っていた二人の男達が近寄って来た。

 残念だ。
 ここから荷馬車での移動なら、今日は、アジトを突き止めることはできない。

 バサッと、乱暴に、男がセシルの頭の上に被せていたマントを払いのけた。

「へえ……!」
「こいつは上玉だぜ」

 そして、ジロジロと舐め回すような下卑(げび)た目を向けて、セシルを品定めする。

 今日は、こんな薄汚い視線ばかりを受けて、帰ったら、セシルは速攻でお風呂に入らなければ。
 あまりに汚すぎる。

「残念ですね」
「あぁっ?」

 移動させられている時、セシルの頭から被らされたマントのおかげで、うつむき加減で歩いていたセシルは、もうすでに、自分の猿轡(さるぐつわ)と腕の布を外していたのだ。

「全員揃った場で、叩き潰してやろうと思っていましたのに」
「なんだ、この女っ――」

 猿轡(さるぐつわ)もなく、腕の縛りも解けていて、男達が驚きをみせた。

「まずは、一人目」

 手短(てみじか)に、すぐ真横にいた男に、セシルの足蹴りが直撃した。

「……ぐあっ……っ!!」

 角度とスピードから、股間(こかん)蹴りができなかったのが、(()()())残念である。

「なんだ、この女っ――」
「てめーっ――」

 男達が一斉に色めき立った。

「ふざけんなよっ!」

 セシルの予想に反して、反撃してきた男の一人は、セシルを殴りつけて来るのではなく――そのまま突進してきたのだ!

「きゃっ……!」

 勢いのまま吹っ飛ばされた、セシルが地面に尻もちをついてしまった。

 いや、さすがに、そんな攻撃方法はないでしょ……。

 ケンカ慣れしていないのか、ゾウの突進でもあるまいし、なぜ、自分よりも体格の小さい女に向かって、体当たりなどしてくるのか。

「マスターっ――!!」

 セシル達の後を尾行し、気配を殺して気取られないようについてきていた子供達が、セシルが攻撃されたのを目撃し、隠れていた場所から飛び出してきた。

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