奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
* * *
あの後、五人の男達は全員、ギルバートからの質問を受け、滅多滅多に痛めつけられていた。
それから召集された騎士団の騎士達に捕縛され、現行犯逮捕で牢屋に直行だとか。
残りの後始末を部下達に任せ、ギルバート達はセシルを王宮の騎士団宿舎に連れ帰って来た。
そして、今、セシルの目の前には、王宮から(急遽) 呼び寄せられた医師が座っている。
地面に尻もちをついた程度で、セシルは怪我などしていない。
そうやって説明もしたし、何度も言い聞かせてはみたが、ギルバートは全くセシルの言葉に耳を貸さず、王宮から医師を呼びつけてしまったのだ。
それで、一応の確認するような診察を受けたセシルである。
「怪我はありませんでした。大丈夫ですのよ」
「そうですか……。大変、申し訳ありませんでした……」
その謝罪は、さっきから何度も受け取っている。
セシルが尻もちをついたのは、ギルバートのせいではない。だから、ギルバートが責任を感じる必要など、一切、ないのだ。
そうやってセシルが説得しようが、きっと、ギルバートの態度は変わらないのだろう。
ひどく落ち込みを激しくしているギルバートを前に、セシルもどうしようか……困ってしまう。
クリストフは、いつものごとし、気配を潜め、沈黙を守ることを決めたようだった。
部下であるのなら、ここらで一つ、上官の機嫌取りでもしてくれれば良いのに。
セシルがそう考えていることを解っていながら、クリストフは、一切、口を挟んでこない。
「事件も無事に終えたようで、安堵していますわ。あの女性も、傷一つなく保護されたようですしね」
「そうですね」
「副団長様、そのように心配なさらないでくださいませ。私は怪我一つしていませんし、あの場では、副団長様だって、何一つ悪いことをなさったのではありませんもの」
「そう、かもしれませんが……」
「そうです。今は、無事に事件が終えたことを、安堵しております」
ギルバート達は、これから、更なる尋問をして、黒幕を見つけ出さなければならない仕事があるだろうが。
「ところで、もうそろそろ、夕食の時間も終えてしまいそうですね。なんだか、丁度、お腹が空いてきましたわ」
「では、食事を運ばせましょう」
「それでもよろしいのですけれど、今は――そうですねえ。なんだか、少し甘いものが食べたい気分ですわ」
「甘いもの、ですか?」
「ええ」
その言葉を聞いて、部屋の片隅に控えていた子供達の耳が、ピクッと反応する。
「パンケーキ、お願いしたいですっ」
「ちゃんと、ベーキングパウダーも持ってきました!」
「えっ……?! わざわざ、そんなものまで持って来たのですか?」
「「もちろんですっ」」
だって、一月も他国の国に滞在するから、食事は提供されると聞いていても、たまには、懐かしの美味しいご飯やスナックだって、食べたくなるじゃないか。
セシルは昔から、時間が空いたりすると、気分次第で、おいしいご飯やスナックを簡単に作ってくれる。
だから、今回だって、王国にやって来て、少し暇になったセシルが料理をしないとは限らない。
領地にいる時と違い、今は、領主の仕事も欠かさず続けているわけではないのだから。多少、時間に余裕はあるだろう。
何事にも、準備万端が第一、なのである。
そうやって、昔から子供達に教えてきたセシルだったが、まさか、ベーキングパウダーまで持ち歩いて来ていたなど、予想外だった。
ベーキングパウダーは、この時代では、まだ、存在しない。
ベーキングソーダは、この世界でもちらほらと出始めている。
どうやら、炭酸水素ナトリウム(ベーキングソーダや重曹)の元であるトロナ鉱石は、この世界で簡単に見つかるらしく、採掘も難しくはないそうだ。
ただ、加工する技術が足りないので、ベーキングソーダや、重曹のパウダーの精製が遅いだけなのだ。
でも、その事実を発見した時のセシルは、
「やったぁ……!」
あまりに原始的な時代に生まれ変わったのではないと分かり、ものすごい安堵したものだ。歓喜にも近い歓声を上げそうにもなった。
大自然の恵みに大感謝!
ベーキングソーダは、前世(なのか現世) で使用されているような完全加工品の真っ白なものではなかったが、それでも、十分、その働きは役に立つ。
早くからベーキングソーダを入手できるルートを確保したセシルは、酒石英を混ぜ、領地で加工したコーンスターチを遮断材として、この世界初のベーキングパウダーを作ったのだ。
だが、これは市場にも出していないし、宣伝もしていない。
あまりに技術の進んだ化学をお披露目しても、セシルが怪しまれてしまうだけなので、領地内だけの使用に留めている(領民にも口を堅く閉ざさせている)。
それで、ベーキングにもベーキングパウダーが使用できるようになり、更なる食文化の始まりである。
ここで、セシルがラッキーだったのは、実家のヘルバート伯爵家では、ワインの生産が盛ん。
ブドウ酒醸造樽の底に沈殿する物質が、酒石英だ。
酒石英は、ベーキングパウダー作りに必要な、酸性剤のクエン酸が含まれている物質なのだ。
父のリチャードソンも、ワイン造りのワインメーカーも、使い終わったブドウのカスに価値を見出していないものだから、使用後は投げ捨て状態。
あの後、五人の男達は全員、ギルバートからの質問を受け、滅多滅多に痛めつけられていた。
それから召集された騎士団の騎士達に捕縛され、現行犯逮捕で牢屋に直行だとか。
残りの後始末を部下達に任せ、ギルバート達はセシルを王宮の騎士団宿舎に連れ帰って来た。
そして、今、セシルの目の前には、王宮から(急遽) 呼び寄せられた医師が座っている。
地面に尻もちをついた程度で、セシルは怪我などしていない。
そうやって説明もしたし、何度も言い聞かせてはみたが、ギルバートは全くセシルの言葉に耳を貸さず、王宮から医師を呼びつけてしまったのだ。
それで、一応の確認するような診察を受けたセシルである。
「怪我はありませんでした。大丈夫ですのよ」
「そうですか……。大変、申し訳ありませんでした……」
その謝罪は、さっきから何度も受け取っている。
セシルが尻もちをついたのは、ギルバートのせいではない。だから、ギルバートが責任を感じる必要など、一切、ないのだ。
そうやってセシルが説得しようが、きっと、ギルバートの態度は変わらないのだろう。
ひどく落ち込みを激しくしているギルバートを前に、セシルもどうしようか……困ってしまう。
クリストフは、いつものごとし、気配を潜め、沈黙を守ることを決めたようだった。
部下であるのなら、ここらで一つ、上官の機嫌取りでもしてくれれば良いのに。
セシルがそう考えていることを解っていながら、クリストフは、一切、口を挟んでこない。
「事件も無事に終えたようで、安堵していますわ。あの女性も、傷一つなく保護されたようですしね」
「そうですね」
「副団長様、そのように心配なさらないでくださいませ。私は怪我一つしていませんし、あの場では、副団長様だって、何一つ悪いことをなさったのではありませんもの」
「そう、かもしれませんが……」
「そうです。今は、無事に事件が終えたことを、安堵しております」
ギルバート達は、これから、更なる尋問をして、黒幕を見つけ出さなければならない仕事があるだろうが。
「ところで、もうそろそろ、夕食の時間も終えてしまいそうですね。なんだか、丁度、お腹が空いてきましたわ」
「では、食事を運ばせましょう」
「それでもよろしいのですけれど、今は――そうですねえ。なんだか、少し甘いものが食べたい気分ですわ」
「甘いもの、ですか?」
「ええ」
その言葉を聞いて、部屋の片隅に控えていた子供達の耳が、ピクッと反応する。
「パンケーキ、お願いしたいですっ」
「ちゃんと、ベーキングパウダーも持ってきました!」
「えっ……?! わざわざ、そんなものまで持って来たのですか?」
「「もちろんですっ」」
だって、一月も他国の国に滞在するから、食事は提供されると聞いていても、たまには、懐かしの美味しいご飯やスナックだって、食べたくなるじゃないか。
セシルは昔から、時間が空いたりすると、気分次第で、おいしいご飯やスナックを簡単に作ってくれる。
だから、今回だって、王国にやって来て、少し暇になったセシルが料理をしないとは限らない。
領地にいる時と違い、今は、領主の仕事も欠かさず続けているわけではないのだから。多少、時間に余裕はあるだろう。
何事にも、準備万端が第一、なのである。
そうやって、昔から子供達に教えてきたセシルだったが、まさか、ベーキングパウダーまで持ち歩いて来ていたなど、予想外だった。
ベーキングパウダーは、この時代では、まだ、存在しない。
ベーキングソーダは、この世界でもちらほらと出始めている。
どうやら、炭酸水素ナトリウム(ベーキングソーダや重曹)の元であるトロナ鉱石は、この世界で簡単に見つかるらしく、採掘も難しくはないそうだ。
ただ、加工する技術が足りないので、ベーキングソーダや、重曹のパウダーの精製が遅いだけなのだ。
でも、その事実を発見した時のセシルは、
「やったぁ……!」
あまりに原始的な時代に生まれ変わったのではないと分かり、ものすごい安堵したものだ。歓喜にも近い歓声を上げそうにもなった。
大自然の恵みに大感謝!
ベーキングソーダは、前世(なのか現世) で使用されているような完全加工品の真っ白なものではなかったが、それでも、十分、その働きは役に立つ。
早くからベーキングソーダを入手できるルートを確保したセシルは、酒石英を混ぜ、領地で加工したコーンスターチを遮断材として、この世界初のベーキングパウダーを作ったのだ。
だが、これは市場にも出していないし、宣伝もしていない。
あまりに技術の進んだ化学をお披露目しても、セシルが怪しまれてしまうだけなので、領地内だけの使用に留めている(領民にも口を堅く閉ざさせている)。
それで、ベーキングにもベーキングパウダーが使用できるようになり、更なる食文化の始まりである。
ここで、セシルがラッキーだったのは、実家のヘルバート伯爵家では、ワインの生産が盛ん。
ブドウ酒醸造樽の底に沈殿する物質が、酒石英だ。
酒石英は、ベーキングパウダー作りに必要な、酸性剤のクエン酸が含まれている物質なのだ。
父のリチャードソンも、ワイン造りのワインメーカーも、使い終わったブドウのカスに価値を見出していないものだから、使用後は投げ捨て状態。