奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「そのようにお気になさらないでください。――それよりも、今朝は、お加減はいかがですか?」
「大丈夫です」
そこで、(なぜか) 一拍、間が降りていた。
今朝のセシルは、いつもの色白の肌以上に、肌が透き通って見えるほど、肌の色が落ち――顔色が青ざめているように見えるのは、ギルバートの気のせいでも錯覚でもないはずだ。
きっと、まだ疲れているのに、無理をしているのは疑いようもない。
「もう少し、お休みになられたらいかがですか?」
オルガと全く同じことを言われてしまった。
そんなに、セシルの顔色が悪く見えるのだろうか?
疲れは出ている。ここずっと、休む暇もないほどだったから。
だから、今日は、一応、孤児院だけの訪問で、残りの仕事は、後回しにする予定なのに。
「いえ……。ここしばらく、少々、仕事が押していたものでしたので」
「そうですか……」
それでも、今朝のセシルの格好は、すでにいつものズボン姿だ。仕事に戻る気でいるのは、あまりに明らかだった。
「朝食会に参加する前に、少し――ご令嬢に、お聞きしたいことがありまして……」
「なんでしょう?」
「ブレッカで――以前の王太子殿下を庇い、毒を受けてしまった、という話をお聞きしましたが……」
今更になってブレッカの話が上がってきて、セシルも不思議に思う。
「庇ったというよりは、ただ、その間にいただけなのですけれど」
「ですが、毒を受けて――お倒れになられたと……」
「えーっと……、解毒の処理が早かったので、倒れるほどではございませんでしたの。その後は、休息するのに、王太子殿下のベッドまで貸してもらいましたし」
普通なら、ただの伯爵令嬢ごとき、王太子殿下のテントで、おまけに、そのベッドで休ませてもらうことなど、絶対にあるはずもない。
だが、あの時は、あの王太子殿下も非常事態だったせいか、随分、親切に、セシルにベッドを譲ってくれたものである。
「あの……その後、後遺症、などは……?」
「いえ、全くありません。解毒処理が早かったので、全く問題ありませんでしたのよ」
「そう、ですか……」
だが、ギルバートの表情は、随分、暗いものだ。
「このように、あなたの容態を確認することが遅れてしまいまして……、大変申し訳ありません……」
「えっ……?」
ブレッカの戦など、去年の出来事だ。セシルだって、ほぼ忘れていた事件で、記憶にだって、それほど残ってなどいないのに。
今のギルバートは、セシルに出会った時に、容体を確認しなかった自分が許せないのか、怪我をさせてしまったことに申し訳なく思っているのか、珍しく――その表情が翳って、落ち込んでいるように見えてしまう。
あの事件は、ギルバートのせいでもなんでもないし、あの場にギルバートがいなかったのだから、後で報告を受けたかもしれないが、ギルバートが心を痛める必要だってないのに。
あまりに深刻な顔をしているギルバートに驚いて、セシルが口を開いていた。
「あの……、そのように心配してくださってありがとうございます。ですが、本当に、今は、全く問題ありませんので」
「そうですか……。それをお聞きしまして、本当に良かったです。――怪我の、後遺症などは……?」
「ありませんのよ」
そこで、また、(変な) 沈黙が降りていた。
ギルバートは、何か言いたげな様相で、それを言うべきかどうか、迷っているようなのである。
「どうかしましたか?」
「いえ……。あの……傷痕が、できていたように、拝見しましたので……」
「傷痕?」
それで、セシルも考えてみる。
ふーむ、と考えて、剣で斬られた痕のことを指していると気がついて、そこで、ああ、とセシルも思い出していた。
「大した傷ではありませんわ」
あまりあっさりとセシルが答えるが、ギルバートの顔は、(なぜか) もっと、苦し気に歪んでしまう。
「ご令嬢に怪我を負わせてしまい、申し訳なく思っております……」
「いえ、副団長様のせいではございませんし……」
それでも、ギルバートの顔が浮かないままだ。
そうでした。
セシルも、以前に、身を以て知ったことではないか。
ギルバートは、“紳士道”が徹底されて教え込まれている、と。
それで、女性で、貴族の令嬢であるセシルに怪我をさせてしまったなどと、(ものすごく) 心を痛めているのだろう。
さすが、王国騎士団、王子殿下サマ。
「そのように、心配なさってくださってありがとうございます。怪我は、本当に完治しておりますし、日常生活でも、全く、支障もございませんので、どうか、そのように心配なさらないでくださいませ」
「わかって、おります……」
「それに、この程度のかすり傷など、誰にでも、できるものでしょう?」
かすり傷ではなくて、切り傷、なのだ。
二つは、全く違う怪我の度合いだ。
だが、ギルバートは、(一応) そこを深く指摘しない。
「日常茶飯事ですわ」
いや、絶対にそんなことはない!
「ですが――もしかして、これも、傷物、ということになるのかしら? それなら、誰も、私を嫁に貰おうなどとは思わないでしょう? それって、ある意味、とてもラッキーですわね」
全く気にしていない様子のセシルは、ふふと、可笑しそうに笑っている。
ギルバートは、そんなセシルの様子に絶句してしまう。
「――傷物、って……」
「ふふ、冗談です」
だが、セシルは、本気で、求婚する男がいなくて良かった、などと考えているのは間違いない。
――――いえいえ、甘いですねえ。求婚して来る男など、すぐ目の前にいるのですが。
ギルバートがセシルの傷痕を見て、申し訳なく思っているのは事実だ。ご令嬢の体に傷を残して、などと……。
だが、ギルバートが、その程度の理由でセシルを手放してやるほど、手放せるほど、諦めのよい男ではないのだ。
そこら辺の男心と執着心を全く理解していないセシルは――まだまだ甘いですねえ。
クリストフは、二人の会話に全く口を挟まなかったが、少々、そこら辺が抜けているセシルの甘さを、発見していたのだった。
「大丈夫です」
そこで、(なぜか) 一拍、間が降りていた。
今朝のセシルは、いつもの色白の肌以上に、肌が透き通って見えるほど、肌の色が落ち――顔色が青ざめているように見えるのは、ギルバートの気のせいでも錯覚でもないはずだ。
きっと、まだ疲れているのに、無理をしているのは疑いようもない。
「もう少し、お休みになられたらいかがですか?」
オルガと全く同じことを言われてしまった。
そんなに、セシルの顔色が悪く見えるのだろうか?
疲れは出ている。ここずっと、休む暇もないほどだったから。
だから、今日は、一応、孤児院だけの訪問で、残りの仕事は、後回しにする予定なのに。
「いえ……。ここしばらく、少々、仕事が押していたものでしたので」
「そうですか……」
それでも、今朝のセシルの格好は、すでにいつものズボン姿だ。仕事に戻る気でいるのは、あまりに明らかだった。
「朝食会に参加する前に、少し――ご令嬢に、お聞きしたいことがありまして……」
「なんでしょう?」
「ブレッカで――以前の王太子殿下を庇い、毒を受けてしまった、という話をお聞きしましたが……」
今更になってブレッカの話が上がってきて、セシルも不思議に思う。
「庇ったというよりは、ただ、その間にいただけなのですけれど」
「ですが、毒を受けて――お倒れになられたと……」
「えーっと……、解毒の処理が早かったので、倒れるほどではございませんでしたの。その後は、休息するのに、王太子殿下のベッドまで貸してもらいましたし」
普通なら、ただの伯爵令嬢ごとき、王太子殿下のテントで、おまけに、そのベッドで休ませてもらうことなど、絶対にあるはずもない。
だが、あの時は、あの王太子殿下も非常事態だったせいか、随分、親切に、セシルにベッドを譲ってくれたものである。
「あの……その後、後遺症、などは……?」
「いえ、全くありません。解毒処理が早かったので、全く問題ありませんでしたのよ」
「そう、ですか……」
だが、ギルバートの表情は、随分、暗いものだ。
「このように、あなたの容態を確認することが遅れてしまいまして……、大変申し訳ありません……」
「えっ……?」
ブレッカの戦など、去年の出来事だ。セシルだって、ほぼ忘れていた事件で、記憶にだって、それほど残ってなどいないのに。
今のギルバートは、セシルに出会った時に、容体を確認しなかった自分が許せないのか、怪我をさせてしまったことに申し訳なく思っているのか、珍しく――その表情が翳って、落ち込んでいるように見えてしまう。
あの事件は、ギルバートのせいでもなんでもないし、あの場にギルバートがいなかったのだから、後で報告を受けたかもしれないが、ギルバートが心を痛める必要だってないのに。
あまりに深刻な顔をしているギルバートに驚いて、セシルが口を開いていた。
「あの……、そのように心配してくださってありがとうございます。ですが、本当に、今は、全く問題ありませんので」
「そうですか……。それをお聞きしまして、本当に良かったです。――怪我の、後遺症などは……?」
「ありませんのよ」
そこで、また、(変な) 沈黙が降りていた。
ギルバートは、何か言いたげな様相で、それを言うべきかどうか、迷っているようなのである。
「どうかしましたか?」
「いえ……。あの……傷痕が、できていたように、拝見しましたので……」
「傷痕?」
それで、セシルも考えてみる。
ふーむ、と考えて、剣で斬られた痕のことを指していると気がついて、そこで、ああ、とセシルも思い出していた。
「大した傷ではありませんわ」
あまりあっさりとセシルが答えるが、ギルバートの顔は、(なぜか) もっと、苦し気に歪んでしまう。
「ご令嬢に怪我を負わせてしまい、申し訳なく思っております……」
「いえ、副団長様のせいではございませんし……」
それでも、ギルバートの顔が浮かないままだ。
そうでした。
セシルも、以前に、身を以て知ったことではないか。
ギルバートは、“紳士道”が徹底されて教え込まれている、と。
それで、女性で、貴族の令嬢であるセシルに怪我をさせてしまったなどと、(ものすごく) 心を痛めているのだろう。
さすが、王国騎士団、王子殿下サマ。
「そのように、心配なさってくださってありがとうございます。怪我は、本当に完治しておりますし、日常生活でも、全く、支障もございませんので、どうか、そのように心配なさらないでくださいませ」
「わかって、おります……」
「それに、この程度のかすり傷など、誰にでも、できるものでしょう?」
かすり傷ではなくて、切り傷、なのだ。
二つは、全く違う怪我の度合いだ。
だが、ギルバートは、(一応) そこを深く指摘しない。
「日常茶飯事ですわ」
いや、絶対にそんなことはない!
「ですが――もしかして、これも、傷物、ということになるのかしら? それなら、誰も、私を嫁に貰おうなどとは思わないでしょう? それって、ある意味、とてもラッキーですわね」
全く気にしていない様子のセシルは、ふふと、可笑しそうに笑っている。
ギルバートは、そんなセシルの様子に絶句してしまう。
「――傷物、って……」
「ふふ、冗談です」
だが、セシルは、本気で、求婚する男がいなくて良かった、などと考えているのは間違いない。
――――いえいえ、甘いですねえ。求婚して来る男など、すぐ目の前にいるのですが。
ギルバートがセシルの傷痕を見て、申し訳なく思っているのは事実だ。ご令嬢の体に傷を残して、などと……。
だが、ギルバートが、その程度の理由でセシルを手放してやるほど、手放せるほど、諦めのよい男ではないのだ。
そこら辺の男心と執着心を全く理解していないセシルは――まだまだ甘いですねえ。
クリストフは、二人の会話に全く口を挟まなかったが、少々、そこら辺が抜けているセシルの甘さを、発見していたのだった。
