マフィアのお兄ちゃん、探してます

本名

……コンコンコン。
来た!
「ど、どーぞ」
ガチャリと扉が開いて、柊馬が顔を出す。
「柊馬っ!」
「白露! 星願!」
俺らを見て嬉しそうに笑う柊馬。
「良かったぁ、無事で……!」
見たところケガは無さそう……。
「柊馬、左手の肘! 血ぃ出てるよっ」
焦ったように星願が肘に手を当てる。
「待って、消毒液取ってくる!」
救急バッグを引っ掴んで戻ってきて、傷を消毒。
それから絆創膏で傷を覆う。
「よし、これでいいと思う」
「おぉ〜、さっすが白露!」
肘めっちゃ動かしてるけど……今んとこ大丈夫そうかな。
「柊馬って特攻だっけ?」
「うん、特攻」
渡したタオルで汗を拭きながら柊馬が答える。
「なんかいきなりバルーンチャートのヤツらが襲ってきたんだよ。……多分、幹部底辺層」
わざわざ幹部底辺層が、そんな殴り込みみたいな……!?
「それで、俺と悠里は特攻の中でも伝達係だったから、攻撃部隊に連絡しようと思って抜け出したんだ。……それで、隊長に連絡し終わったときに放送が鳴って……」
特攻部隊の人達を人質にとったのかもしれない……。
そう考えていたとき。
「みんな無事!?」
「ケガ無い!?」
バンッと扉を開けてやって来たのは。
「湊……海!」
湊と海だった。
「湊……湊っ! すごい怪我……大丈夫!?」
頭には適当にやったと思われる包帯と、腕には打撲のようなあと、足には擦り傷やら切り傷やらがたくさん。
「手当しないと……!」
海もほっぺに何かが掠ったようなあとがあるし、こめかみのあたりから血が垂れてる。
急いで清潔な布を用意して、水で濡らす。
「とりあえず、これで傷口を抑えて……!」
2人に布を手渡して、消毒液をティッシュに染み込ませる。
そのティッシュで傷を優しくポンポンッと叩く。
「あっ……いつ……」
「ごめん……けど我慢して」
顔を歪める湊にそう断りながら、これは包帯かな、と思う。
傷口に薬を付けて、包帯で巻いて完成。
「おっ、白露ありがとな〜」
海の方は星願がやってくれてるっぽい。
ちらりと盗み見ると、すっげぇ手際の良さ。
無駄な動きが無いし、テキパキしてる。
「でーきたっ」
「ありがとう、星願」
ニコッと笑ってくれる湊に笑顔を返し、そっと立ち上がる。
「あとはゆーりか……」
悠里……大丈夫かな……。
そのとき、ガチャリとドアが開いた。
「あ、悠里ー! 待ってた、よ……」
そこにいたのは悠里じゃなくて……三角形のネックレスをしゃらんとなびかせた男の人だった。
そのあとから四角形のネックレスの人と、ひし形のネックレスの人。
そして……。
「悠里!!」
手に手錠をかけられて、銃を突きつけられながら歩いている悠里が入ってきた。
一瞬で警戒態勢に入ったみんな。
「おい……悠里を離せ……っ!」
俺はそっと腰に手をやる。
この拳銃……使うべきか。
カチャリと銃を取り出して構えた。
「おやおや、そんな物騒な物まで持ち歩いているとは……さすがアールアールですね」
三角形のネックレスをつけた人が口を開く。
「まぁ……撃たない方がいいとは思いますがね」
その瞬間、悠里のこめかみに銃がぐっと押し付けられる。
「……っ」
ごくりと息を飲む。
「銃は持っていてもいいですが……この子がどうなるかは保証しませんよ?」
ぐっと唇を噛んで銃を下に落とす。
__ガシャン。
「では、あなた方だけ集めさせて頂いた理由をお伝えしましょうか」
多分この中で1位か2位レベルで強い悠里が捕まるってことは……相手がそれだけ強かったってことなんだろう。
相手をよく見て……隙を見て悠里を連れ戻さないと。
「無駄なことは考えない方がいいと思いますよ」
……っ!?
考え……読まれたっ!?
「貴方の場合、すぐ顔に出ますからね」
俺じゃなくて……湊と柊馬か。
湊は悔しそうに拳を握りしめていて、柊馬は眉を寄せている。
「早く話してくんない?」
イラついたように口を開く海。
「そうですね。では単刀直入に。……来栖白露の兄を見つけ出してほしいんです」
俺の……兄!?
兄ちゃん達を!?
「あの2人は元々バルーンチャートの仲間でした……それはそれはとても強くてね」
お兄ちゃん達……バルーンチャートだったんだ……。
すごくショック……。
「ですが……仕事中にアールアールの人に助けられたそうでね。アールアールの人と意気投合してしまったらしいんです」
そんなことあるんだ……。
確かに、半年過ごしてわかったけど、アールアールの人達は優しい人達ばっかりだった。
「そこで、元々バルーンチャートのやり方に不満もあったらしく、あの2人はバルーンチャートを無断で抜け、アールアールに加入したのです」
お兄ちゃん達が……アールアール!?
こんな形で知ることになるなんて……。
ごくりと息を飲み込む。
「そこまではバルーンチャートも突き止めました……もちろん、仕事終わりに何度も何度も声をかけました……契約はまだ残っていると」
契約?……なにそれ……。
「ですが2人は耳を貸さず……。挙句の果てに、私たちは強行突破することにしたんです」
強行突破……。
「貴方の弟を殺されたくなかったら、バルーンチャートに戻れと」
っ!!
ドクンと胸が波打つ。
「……ぁ」
ウソだ……ウソだっ……。
お兄ちゃ……冗談でしょ……?
「白露……?」
んで……なんでなんでなんでっ!
「なんでお前らがそんなこと知ってる!?」
「まあまあ落ち着いて下さいよ。まだ話の途中ですよ?」
息が荒くなる。
理性で必死に抑えている闘志は、今にもはち切れそう。
「白露! 落ち着けっ!」
湊に後ろで手をぐっと組まれて、身動き出来ないように拘束された。
「今アイツに手を出してみろ! 悠里は一生帰って来なくなるぞ!!」
あ……。
そのとき、ふわりと体の力が抜けた。
「では話の続きですね。……貴方のお兄様方は貴方を連れてアールアールの本拠地がある東京へ引っ越しました。名前を変えて」
!!
「名前……?」
みんなの目が怖い。
こいつは誰だ、って目で見てくる。
そうだよね……。
「みんなごめん」
ぎゅっと服を握りしめて、口を開く。
「俺の名前、来栖白露じゃないんだ。俺の本当の名前は有栖千秋(ありすちあき)なの」
ついに言ってしまった。
気づいてた人もいたかもしれないけど。
真冬、立夏ときて僕だけ二十四節気の名前で、「秋」が入ってないのはおかしいってね。
「来栖」は単純に「有栖」に似てたから。
あんまり違うと自分の名前を忘れちゃうような気がして。
「そこからあなたを含め3人はバルーンチャート内では行方知らず扱いになりました」
……良かった……。
「まぁ、こうして突き止められているんですけれどね」
くすりと笑われ、ぴきっと青筋が浮いた。
「2人は未だに行方不明です。バルーンチャートがいくら調べてもわからないものですから、こうしてまた強行突破という手段をとることにしたんです」
俺のお兄ちゃん達がそんなことしてたなんて……想像もしてなかった。
仕事の都合で転校なんてザラだったし……。
その度に名前を変えていたのも子供心に不思議には思っていたけど、我慢するしかなかったんだ。
やっと……本名を話せた。
友達に本名で呼んでもらえる。
こんな形で知られたくはなかったけれど。
「ちあき」
あぁ……。
俺は。



有栖千秋なんだ……って。
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