天妃物語〜本編後番外編・帰ってきた天妃が天帝に愛されすぎだと後宮の下女の噂話がはかどりすぎる〜
「おっきい〜! これがせんねんすぎ?」
「そうですよ。千年以上前からこの御山にある杉です」
「オレ、いちばんうえまでのぼってみたい!」

 興奮して瞳を輝かせる紫紺に鶯もクスクス笑う。

「こらこら、これは御神木です。とても長生きしている木ですから大切にしてくださいね」
「おじいちゃんってこと?」
「そうですよ」

 鶯の言葉に紫紺は笑顔になって千年杉の太い幹に抱きつく。「おじいちゃん! ……ん? おばあちゃんかな?」と首を傾げながらも楽しそうだ。
 萌黄も紫紺と並んで千年杉に抱きついた。

「相変わらず大きいね。きっと私が十人いても幹を一周できないわ」
「あなたが十人もいたら手がかかって大変です」
「私、もう成人(せいじん)()も終わってるんだけど……」
「大人になっても変わりませんよ」
「もう、鶯はすぐにそういうこと言う……」

 鶯は「ふふんっ」と笑うと、青藍を抱っこしている黒緋を振り返る。

「黒緋様、これが千年杉です。この御山のなかで一番古い木なんですよ。御神木として斎宮でも大切にしています」
「見事な巨木だ。千年以上前からこの大地に根差し、この土地を見守っているんだな」

 黒緋は感心したように千年杉を見上げた。
 どんな植物にも僅かながら神気が宿っているものだが、この千年杉に宿っている神気は純度が高い清流のように美しい。千年という長い年月のなかで力が高まったのだろう。
 しかも鶯は斎宮にあがったばかりの子どもの頃、この場所を遊び場にしていたこともあるという。それは人間の子どもだった鶯を見守ってくれていたということ。

「感謝するぞ」

 黒緋は千年杉に手を置いて感謝を伝えた。
 すると山に心地よい風が吹いて千年杉の枝葉がさらさらと揺れる。
 それを見ていた紫紺が黒緋に聞く。

「ちちうえ、おしゃべりした?」
「ああ、感謝を伝えた」
「オレもおしゃべりできるようになる?」
「もう少し神気を使えるようになったらな」
「そっか。がんばる」

 紫紺は自分の小さな手を見つめた。
 黒緋が抱っこしている青藍も自分の小さな手をじーっと見る。赤ちゃんなのでよく分かっていないが兄上の真似をしたいのだ。
 動植物と意思疎通ができるのは、天上でも天帝の黒緋や天妃の鶯、他にも数えるほどだけだ。植物とは言葉を交わすのではなく意思を交わすのだ。強い神気と高度な術が必要だった。
 そんな父上と二人の息子のやり取りに鶯は目を細めて微笑んだ。
< 27 / 45 >

この作品をシェア

pagetop