腹黒御曹司の一途な求婚
 そこに、肩へポンと手が添えられた。

「初めまして、美濃社長、奥様。よければご挨拶をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

(……和泉さん)

 父の視線が戸惑いがちに和泉さんの方へ向いたことで、わずかに緊張がゆるんだ。
 
 父の半歩後ろには貴子さんが立っていることにも今更気がついた。彼女は訝しげに私を、そして和泉さんを順に眺め回している。

「和泉法律事務所で弁護士をしております、和泉幸人と申します」
「……ご丁寧にどうも。ところであなたは、娘とはどういったご関係で……?」

 和泉さんから差し出された名刺を受け取った父は、自ら名乗ることもなく、不躾にそう訊ねてきた。

(もしかして、私が誓約書を反故にしているかどうか疑ってる……?)

 だとしたら、初対面の人に対するものとは思えない不遜な態度にも納得がいく。

 実際、私は誓約書の内容を無視した行動を取ってしまっているので、後ろめたさが募る。
 
 和泉さんに迷惑はかけられない。
 私が答えなきゃ……と意を決して口を開こうとしたところで、肩に乗せられた手が宥めるようにポンポンと私の肩を叩いた。

「萌黄さんは私の従弟と婚約されているのでね。親しくさせていただいておりますよ」
「こ、婚約?!一体誰と……」
「――僕ですよ」

 刹那、肩に置かれていた和泉さんの手が払いのけられる気配がして振り返ると、そこにはすぐ傍で寄り添うように蒼士が立っていた。

「お初にお目にかかります、美濃社長。あおうみ銀行の久高蒼士と申します」
「く、久高?!」

 蒼士の名前を聞いた途端、父の目の色が変わった。
 
「はい。父がグループのCEOを務めております」
「なっ……。そ、そんな方と萌黄が、どうして……」

 しきりに目を瞬かせている父は、蒼士がかつて私と同級生だったことは覚えていないようだった。
 私自身に関心はなかったと言われているみたいで、ほろ苦いものが喉元に込み上げる。
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