腹黒御曹司の一途な求婚

一番大切な人

 ホテルを出た私たちは、駐車場に停めてあった蒼士の車に乗り込んだ。

(やっと、終わったんだ……)

 一種の呪縛のようになっていた父との関係をようやく断ち切れた。一抹の寂しさとやるせなさはあれど、胸には安堵が広がっている。
 
 地下駐車場から地上へ上がると、フロントガラス越しに春のうららかな日差しが差し込んできた。

「お疲れ様。よく、頑張ったな」

 眩しさに目を眇めていたところへ降ってきたのは、私を甘やかす優しい声。

「かっこよかったよ。美濃社長と夫人にに意見する萌黄の姿を見て、ますます惚れ直した」
 
 手放しの賛辞がくすぐったい。微笑む蒼士の横顔を見ていると面映くなって、私はスッと視線を前に移動させた。

「蒼士がそばにいてくれたから、頑張れたんだよ。それに、たくさん助けてもくれた。ありがとう、今日は一緒に来てくれて」
「当たり前だろ、そんなの。萌黄のためならなんだってするよ」
「うん……ありがとう……」

 本当になんでもしてくれそう……なんて思うのは自惚れだろうか。
 気恥ずかしさを誤魔化すように、なんとかキリッと真面目な表情を作ろうとしていると、少し間を置いて「それでなんだけど」という言葉が聞こえてきた。
 
「頑張った萌黄にご褒美……ってわけじゃないんだけど、連れて行きたいところがあるんだ。このまま行ってもいい?」

 連れて行きたいところ?どこだろう……?と首を傾げつつ、断る理由もないので頷く。

 そのタイミングで、張り詰めていた緊張が解けたからか、きゅるるとお腹が切なく鳴いた。
 結局食事に一口も箸をつけないままお店を後にしてしまったので、現在進行形でお昼ご飯を食べ損ねてしまっている。

 車のエンジン音にかき消されることもなく、私のお腹の訴えはバッチリ蒼士の耳にも届いていたらしい。彼は前を向きながら口元をにんまりと緩めた。

「着いたらまず腹ごしらえかな」
 
 恥ずかしすぎる……かといって誤魔化しもきかなくて。
 羞恥で赤くなる顔を俯けながら、私はやっぱり頷く他なかった。
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