花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
櫻坂の北の端近くで、樹の陰から門の守衛を観察している人物が目に入る。

何か悪事を働こうとしているようにしか見えない。
帽子をかぶっているし後ろ姿だが、背格好から女性だろうと思う。
悪趣味かとも思ったが下衆な興味が湧いてしまったので、こちらも観察させてもらうことにした。
深呼吸するように肩が動いた。
思いつめているように見える。
守衛がいなくなるタイミングを狙っているのか?
守衛の事務所を狙った窃盗か……桜に傷をつけようという愚か者、というところか。

十分ほど経っただろうか。
彼女が動きを見せた。
守衛がいなくなったのだと思ったのだろう。
守衛室のすぐそばの樹の、低いところにある枝に手をかけた。
ハサミを持つ手は震えている。

もう少し……

深呼吸する肩、慎重に待つ背中、震える手、それらを見ているうちに妙な情が移ったのか、彼女の目的が桜泥棒だと察しても応援してしまっているような自分がいた。

だがあの守衛は……

「そこで何してる!」

いつも見回りは門の周りを少し大回りして、一度戻ってくるのがお決まりのルートだ。

なぜか残念がっている自分がいるが、捕まってしまったのならそれまでだ。
彼女が自分でどうにかするべきことだ。
そう思っているのに、ひと言の言い訳もせずにあきらめたような彼女の様子を見ていると、どうにも守衛に対しての苛立ちの感情が湧いてくる。彼は悪くないのだが。

自分自身に「やれやれ」とため息をつく。


「ちょっと待ってください」


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