身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした
「アメリア」

「あっ……バルツァー侯爵様」

 突然入って来たアウグストに驚いて、アメリアはかすかに震える。それを見て「ああ、悪い……次からは、ノックをする」と告げる。

「クローゼットにある程度のドレスは用意していたが、多分君のサイズはなさそうだ。町に出て買ってくるがいい。リーゼに言って、仕立て屋に共に行ってもらえ。仕立て屋を邸宅に呼ぶのではなく、自分で行って欲しい」

「えっ、あの、そんなことは……」

「ひとつき後のお披露目に着用するドレスは、体にあったオーダーメイドで作ってもらえ。それに合う宝飾品や靴も一緒に買ってくるがいい。それから、お前には毎月それなりの金額を与えるので、何かに使うように」

 驚きで目を見開くアメリア。だが、アウグストは彼女の表情を特にしっかり見ていないようで、必要なことを矢継ぎ早に話す。
 
「よくわからんが、最新のドレスやら、あとは最近流行っているらしい菓子店やら……まあ、一番いいのは宝石店だな。ある程度使ってくれ。この部屋もそうだ。毎月何かどこか調度品を入れ替えても良い。町に金を流さなければいけないし、何より、わたしが妻に対して金をしっかり使う男だということを領民にわからせなければいけないからな。それなりの贅沢をしてくれ。これはわたしからの依頼だ」

「え……え……」

「ああ、それから、君は前髪が長すぎる。顔に髪がかかって表情が見えない。それも切ってもらうがいい。あとは、好きに使え」

 それだけ言うと、アウグストはアメリアの部屋から出て行ってしまった。まったく、アメリアからの返事も何も聞かずに一方的に。

「い、一方的、だわ……」

 だが、彼が自分を妻と認めて話を続けてくれているのだと思えば、それはありがたいとも思う。何より、ヒルシュ子爵家に戻れとはもう彼は言わないのだろうし。

「……わたし……ここにいても、大丈夫なのかしら……」

 ぽつりと呟くアメリア。ぐるりと室内を見れば、あまりにも大きく、そして調度品も豪奢なものばかり。それらは今まで自分が寝泊りしていた場所と雲泥の差だった。

「ああ、まるで夢のよう……でも、本当にわたしが妻になるなんて、バルツァー侯爵にはご迷惑極まりないことなのではないかしら……」

 もし、自分が妻になったら。そう思っても、自分は何も役に立てないと思う。

(バルツァー侯爵様は側室を娶られるのかしら……とても、わたし一人では……)

 アメリアは立ち上がると、窓に近づいた。そこから外を見れば、美しい空が広がっている。不思議と、子爵家の窓から見た空よりもその空は美しく見えた。

「何か、お役に立てれば良いのだけれど……」

 と、そっと声に出してしまい、なんとなく気恥ずかしくなってアメリアは一人で首を横にふるふると振った。



 それから3日間。どうやらアウグストはアメリアを避けているわけでもなく、単純に忙しいようで、朝は早くからバルツァー侯爵家を出て、夜は遅くに戻って来る様子だった。ディルクに聞けば「今は大きな商談をしていらっしゃるようなので、仕方がないと思われます」とのこと。ひと月後のお披露目会のため、この10日間程度に仕事を詰めたのだと聞いた。

 アメリアはその3日間でなんとなくバルツァー侯爵邸の人々と会話をして、わずかではあったが心を開いた。彼女からすれば、ヒルシュ子爵邸にいた時の何倍も人々は優しかったし、自由があった。勿論、自分をよく思わない者もいるだろうとは考えたが、それでも人々が自分をそれなりに尊重してくれることは感じ取れた。

 ようやく腹を括って、お披露目会用のドレスを仕立ててもらうため、リーゼと町に出た。バルツァー侯爵に「金を使え」と言われても、使う先は思いつかない。アメリアは悩みに悩んだが、リーゼに任せて仕立て屋で最上級の布地を使ってドレスを発注した。

 それから、リーゼが更に「靴はこれを、装飾品はこれを、それから裾に最上級のレースを追加してください」と上乗せをした。話を聞けば、そこまでやってどうにか「これぐらいやれば侯爵様も一応は納得してくださると思うのですが……」程度なのだと言う。アメリアは心底困って「そうリーゼがおっしゃるなら……」と言えば、言葉遣いを指摘されて藪蛇だった。
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