身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした
 アウグストは私室で服を脱ぎ、あっという間に部屋着に着替えた。それから、テーブルの上に載っている今日の報告書を見ながら、横に置いてあるワインの瓶の蓋を抜いた。帰宅後、就寝前に一杯飲むのが彼の日課だ。銘柄などはなんでもいい。ただ、アルコールが入っていればそれでいいと彼は思っていた。勿論、商売に使う酒は別だが、それらは仕事で山ほど飲む。家では、どうでもいい酒をどうでも良く、一日の疲れを流すように飲みたい。

「午前中は何やら読書をして、昼はスコーン1つ。刺繍をして、2刻ほど眠って、それから食事をしてそれなりに食べたが、食べ過ぎたようで横になって……まったく、よく眠るな。仕方ないとは思うが……ああ、それに。もっと豪遊してくれよ……」

 そう言って、彼はソファにどかっと座った。わかっている。彼女は体力が足りない。それは、主治医にも言われていた。栄養が足りないため、風邪もひきやすい。それを知っていたので、先ほどは慌ててタオルをとってきた。風邪をひかせてお披露目会に欠席、ということになっては困るからだ。

 だが。

(初めて、見たな……)

 はにかんだような彼女の笑み。邪険に扱っている自分に対しての謝辞とその笑みに、アウグストは少しだけ困惑をした。微笑まれるようなことはしていない。ただ、ショールを少しだけタオルで包んで水分を吸い取って返しただけだ。まだ冷たく濡れていたし、そう大して役に立っていない。

 けれど、彼女のその柔らかな微笑みは初めてだった。それはそうだ。彼女が微笑むようなことを彼は何もしていない。昼間は笑っているかもしれないが、夜出会ってわずかに会話をするだけの関係が続いていて、いつも彼女は物静かに話すだけだった。

――わたしには身の丈にあったもののように思えるのですが、きっと、普通の貴族は――

 それは、ヒルシュ子爵家が貧乏だという意味だろうか。それは話には聞いていた。だからこそ、金で妻を買えると彼は思ったのだし。

「なるほど、慎ましく生きて来たということか。姉はそれなりに派手に遊んでいたようだが、それでは、確かに噂にもならないだろう……」

 彼は、いくらか間違った解釈で彼女の言葉を受け止めた。実際、彼はカミラにもヒルシュ子爵にも会ったことはない。ほとんど噂話から聞いた情報ばかりで、そして、その情報には裏付けが取れていたからだ。ヒルシュ子爵家に美しい令嬢がいるが、貧乏だからか未だに結婚をしていない。その令嬢はあの手この手で色んな男性からの求婚を断り続けているが、条件がいい相手を探しているに違いない。そう聞いたし、調べたらそれは実際にそうだった。
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