身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした
 婚前にあれこれと男に貢がせては捨てる令嬢。ならば、そう出来ないほどの大金を積めば、容易に結婚が出来るだろうと彼は思った。そして、自分の領地内で好きに金を使わせれば、町に金が回る。何故なら彼はどれほど稼いでも、彼自身がそこまで金を使わないため、とにかく財は膨らむ一方だからだ。だが、彼は商才を振るう以外のことが出来ないし、それを止めようとも思わない。

 領地の経営も専門家を雇って月に数回会議を行って、後は勝手にやらせている。邸宅の管理はディルクに任せている。だから、彼は余計に商売に打ち込むことが出来た。そして、それはもう何年も続いている。

 父親と妹は別荘に移って、好きなように生活をさせているし、財を置いているいくつかの倉庫やいくつかの別荘の警備にも金を出している。だが、それでも余るほどの財が彼の元に集まっている。なのに、彼は商売を止めない。手を緩めない。それは「そうすること」が彼にとっての日常だからだ。そうやって彼は生きて来た。貴族社会ではなく、商人の世界に彼はずっとい続けている。

 だが、それを馬鹿にする者がいる。彼が愛妾の息子だと馬鹿にし、彼を「貴族とはいえあれは商人の出のようなもの」だと馬鹿にし、挙句に「家族が事故で死んでよかったと思っているのでは」とまで噂をされる。だから、彼は血統が欲しかった。そして、有り余る金を使ってくれる女。商売の幅を広げてくれる女。自分の隣で華やかに立つ女が欲しかった。

(そういえば。おやすみと言っていた)

 そして、それはずっとそうだったのだ。それを実感して、彼はいくらか申し訳ない気持ちになったので「おやすみ」と返した。そうか。彼女は「おかえりなさい」と「おやすみなさい」と自分に繰り返し言い続けていたのだな……それすら気付かないほど、彼は彼女に関心がなかったのだ。いや、関心がないというよりは、見て見ぬふりをしていた、という方が正しい。

(まいったな……)

 犬猫でも、一週間二週間共にいれば情が湧く。それが、同じ邸宅内にいて、毎晩のように出会って、言葉を交わせば同じように自分が情を感じるようになっても仕方がない。何も持たない彼女を仕方なく娶ろうと思っていたが、しかし……。

(女に微笑まれて心が動くようでは、まだまだだな……)

 手にした資料をテーブル上に再び戻し、彼はもう一杯ワインをグラスに注いだ。
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