身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした
(ああ、彼女を怯えさせてしまった……)

 アウグストは私室に戻ると、服を着替えずそのままベッドに倒れこんだ。とんでもなく酒を飲んだ。お披露目会で集まった商人たちのうちの数人が、彼をこんな時間まで招いて祝ってくれた。とはいえ、その祝いでの話の半分は、今日のお披露目会で得た情報交換や、そこで出来た取引のこと。

 だが、それ以外の半分は、純粋にアウグストの結婚を祝っての酒宴となった。アウグストはアメリアのことを忘れようと酒を浴びるように飲み、人々からは「こんなに酒を飲むなんて、余程良い結婚だったのだろう」とからかわれた。そして、更にそれを忘れるように飲んで、この始末だ。

(馬鹿だ。わかっているはずなのに。ヒルシュ子爵が勝手に話していただけで、彼女は……)

 何度も繰り返した問いを、もう一度酔っ払った頭で繰り返す。酔っていたって、結論は同じだ。彼女は、違う。

 わかっているはずなのに、あれから時間が経過をしても、未だにそれを信じられない。そればかりはどうしようもない。自分が過去にここまで囚われていたのかと、彼は呆然とする。

「情けない……!」

 そう呟いて、ぎりぎりと歯を噛み締める。自分はもうこれ以上女性相手に傷つきたくないと思う。結婚をしようと思ったのがそもそも間違いだったのだ。女性と共に暮らすことなぞ……そんな、どうしようもないことがぐるぐると脳裏を渦巻く。

 けれど、こんな状態でアメリアに会えば、彼女を嫌ってしまいそうだ。それを彼は一番恐れた。

(さっきも、声を荒げてしまった。あんな……)

 あんな、悲しそうな表情を彼女にさせた自分のことも許せない。もう、どうすればよいのかを誰かに大声で尋ねたいとすら思う。

(きちんと……きちんとヒルシュ子爵家について調べよう。そうすれば、きっとアメリアがどんな気持ちでここに来たのかがわかるはずだ。それから、すべてを彼女に打ち明けて……)

 打ち明ける? 何をだ? アウグストは自分の考えに愕然とした。

「馬鹿な」

 自分の過去を? それを何故アメリアに話さなければいけないのか。そもそも彼女を今の自分は信じていないのに……。

 ぐるぐると脳内を思いが廻るが、それは何の解決も彼にもたらさなかった。ただ、こんな状況で彼女に会えば、冷たくしてしまう。疎んじてしまう。そして、それをしてしまう自分のことも嫌になり、最後にはもう彼女を手放してしまおうと強引なことをする予感があった。

 彼は、そうやって生きて来た。まるで金ですべてを解決するかのように、面倒なことは斬り捨てて来た。そうしなければ、バルツァー侯爵家の借金は返せなかったし、領地経営だって最初はままならなかったからだ。それを彼は悪いとは思っていない。

 もし、彼がアメリアを領地内の別荘のどこかに追いやったら。きっとそのままこの先、それが当たり前のように過ごしてしまうに違いない。そして、金を積んでまで欲しかった血統だというのに、子供も産まないまま、彼女はその別荘で一生を終えることだろう。

 だから。強引で、彼女には申し訳ないと思いながらも、一時的にヒルシュ子爵家に戻るように言った。彼女がカミラの結婚式でどう扱われるのかも、彼は知りたかった。ずるい話、酷い話だ。けれど、そうまでしなければ、彼の心の中に生まれた疑心暗鬼の塊は溶けることもなく、わだかまり続けてしまう。

 けれども。

「くそっ……」

 逆に言えば、そうまでしなければいけないほどに自分はアメリアを信じたいのだ。その思いは、彼の心を更に苛み、矛盾をはらんだ自分の心を嫌と言うほど叱責する。だが、叱責をしても、今はどうにもならないのだった。
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