身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした
「ディルク! ディルク!」

 突然、ベルを鳴らしてディルクを呼びつけるアウグスト。アメリアは目を丸くして、彼が何を言い出すのかと困惑をしていた。

「はい。侯爵様。お呼びでしょうか」

「刺繍をいれられるような、かつ上質なハンカチを10枚ほど発注してくれ。大至急だ」

「は。かしこまりました」

 その彼の言葉に驚いたアメリアは「待ってください!」と声をかすかに荒げた。が、ディルクは「どうしてそんなことを」アウグストが言い出したのかを既に理解をしているようで、軽く一礼をして部屋から出て行ってしまう。

「アウグスト、そんな……」

「いつだろうが、刺繍をしてくれ。何枚でも」

「アウグストは……」

 なんだか、変わりましたね、と言おうとして、アメリアは言葉を止めた。それを言ったら、自分だってそうだと思う。ほんの少しずつでも、自分に出来ることが増えて。ほんの少しずつでも、ここにいて良いのだという気持ちが芽生えて来て。やっと自分は人間らしい生活を送れるようになったのではないかと、心の底から思える。

「なんだ? わたしが?」

「いえ、いえ、なんでもありません」

「なんでもない? そんなことはないだろう。わたしがどうした?」

「いえ、本当に、なんでも……」

 ありません。そう続けようとしたアメリアの手を、アウグストはそっと向かいから取って、その甲にキスをした。

「あっ……」

 かあっとアメリアの頬は紅潮する。それを「ははは」と笑って、アウグストは腰を浮かせると、反対側からアメリアの隣に移動をして座る。

「何を言いたいのか、まあ、わかる」

「わかりますか……?」

 アウグストはわざと困ったような表情を見せる。そして、アメリアの側から自分の焼き菓子に手を伸ばして、いささか乱暴に口に放り込んだ。それが、なんだか照れ隠しをしているいたずらっ子のようにも見える。

「要するに、わたしは、まるで初めて恋をしたように、浮かれているということだな……自分でもこればかりはどうにもならん。浮かれさせておいてくれ」

「まあ」

「自分でも知らなかった。どうも、わたしは……いや、やめておこう」

 そう言って、更に自分のティーカップに手を伸ばし、反対側から持ってきて中身を飲み干した。アメリアは小さく微笑んで

「アウグストは?」

と尋ねる。これでは、先ほどアメリアに「わたしがどうした?」と尋ねたこととやぶへびではないかと思うアウグスト。

「要するに、君のことが好きだということだ」

 なんて誤魔化し方だ、とアメリアは思ったが、それでもその言葉だけでもう十分だと思う。彼は「ん」と軽く自分の唇に指を指し示し、アメリアからのキスを待つ。

 ああ、自分たちはもう自由なのだ。そんな気持ちが心の中で大きく広がって、じんわりと体全体に染みていくようだ。アメリアは、恥ずかしそうに、だが、精一杯上半身を伸ばして彼の唇に可愛らしいキスをした。





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