だって、そう決めたのは私
 義実家の庭にいた、元夫と私の息子と見知らぬ腹のでかい女。目を丸め見つめる私に、その女は気付いたように見えた。若々しい桜色の口紅。私と目を合わせたまま、その唇が片方だけ釣り上がった。カナタ、と呼びかけた女に、我が子が笑顔で抱きついた。あの女はきっと、夫と以前から繋がっていたのだろう。それに、私を『元妻』だと分かっていた。分かっていて、見せつけた気がしたのだ。爪が食い込むほど手を握り込んだけれど、私はその場を動くことが出来なかった。だって、それがまるで絵に描いたような幸せな家庭のようだったから。その中で笑っているあの子は、もう幸せなんだと思った。

「何かママに出来ることない? ご飯はちゃんと食べてる? お金は大丈夫?」
「母さん……学生ならまだしも、働いてるからね。知ってるでしょうよ」
「そうだけど……」

 彼に何もしてやれなかったという負い目がある。だからつい、何かしてやれることを必死に探してしまうのだ。母としての役割を追い求め、それに縋っている。

「学費とかはどうしたの?」
「あぁ……うん。おじいちゃんとおばあちゃんは、経営じゃないから認めてくれなくて。でもパパが、こっそり出してくれたんだ。家業がスーパーやってるし、農学部でも役立つだろうって理由つけてさ。けど継がないなら返せって。だから絶賛返済中」
「じゃあ、それは全部母さんが出します。全額すぐに返したいけど、それじゃ怪しまれるからね。まずは月の返済額増やして、早めに終わらせよう」
「……ママ、いいの?」
「当然よ。細かいことは気にしないの。大丈夫、ちゃんとお金貯めてるから」
「うん……有難う」

 茉莉花で擬似育児をしながらも、想像くらいはしていた。部活や習い事。それから大学進学にしたら、どれくらいの金がかかるのか。雑誌やインターネットで調べ、架空のカナタを育てる金を貯めてきたのだ。それは、すぐにでも彼に渡せる。けれどそうしてしまったら、カナタともう会えないんじゃないか。そんな不安がまだ拭えなかった。
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