だって、そう決めたのは私
「やだ、ちょっと。泣くほどでもないでしょうよ」
「何言ってるの。娘が初めて料理したのよ? 今まで、やろうとしたこともない。それがまさか五十過ぎて、そんな日が来るなんて思わないじゃない」
「いや、それはそうかもしれないけど……」
「それもこれも、きっと宏海くんのおかげね」
「え、何で」
「だって、あの子は料理も上手だし。一緒に暮らすようになって楽しいのでしょう? カナコ、笑うようになったじゃない」
笑うようになった、か。
宏海がいることで、確かに私は救われた。誰かと『今日』のことで笑って、『明日』のことを話す。それがどれだけ久しぶりで、心地良かったか。彼はきっと知らないだろう。唇を薄く噛む。目を背けた、少し前の出来事。もう一度ちゃんと考えなくちゃ。さっきの……彼からのプロポーズのことを。
「そうかなぁ」
「そうよ。我が家のことも気にかけてくれて……本当にあの子は良い子ね」
母はきっと、籍を入れて欲しいと思う気持ちもあるのだろう。だけれども、私の気持ちも分かっている。息子を手放してしまった自分が、幸せになるなんて有り得ない。ずっと、そう言ってきたから。
宏海がさっき言ってくれたこと。素直に嬉しかった。あのアトリエが心地良さそうで、大型犬を飼って、庭で遊ぶ毎日を想像してしまった後だったから余計かもしれない。これまでの時間を、彼も同じように愛しいと思ってくれていた。二人であそこで暮らしていけたら、どんなに幸せだろう。この手を掴めたら……私はどれだけ幸せだろう。そう思った。思ってしまった。
けれど、夢と現実は別の物。私には、自分の幸せよりも優先させなければならないことがある。カナタが望まないことは、絶対にしない。もしも私が宏海の手を取れるのだとしたら、息子が母の幸せを望んでくれた時だけだ。だから今の状態では、ごめんなさい、と言うしか出来なかったんだ。
でも、本当は言いたかった。少し時間をもらえませんか、って。僅かな希望を繋いでおきたかったから。けれど宏海は、それを聞いてはくれなかった。
「何言ってるの。娘が初めて料理したのよ? 今まで、やろうとしたこともない。それがまさか五十過ぎて、そんな日が来るなんて思わないじゃない」
「いや、それはそうかもしれないけど……」
「それもこれも、きっと宏海くんのおかげね」
「え、何で」
「だって、あの子は料理も上手だし。一緒に暮らすようになって楽しいのでしょう? カナコ、笑うようになったじゃない」
笑うようになった、か。
宏海がいることで、確かに私は救われた。誰かと『今日』のことで笑って、『明日』のことを話す。それがどれだけ久しぶりで、心地良かったか。彼はきっと知らないだろう。唇を薄く噛む。目を背けた、少し前の出来事。もう一度ちゃんと考えなくちゃ。さっきの……彼からのプロポーズのことを。
「そうかなぁ」
「そうよ。我が家のことも気にかけてくれて……本当にあの子は良い子ね」
母はきっと、籍を入れて欲しいと思う気持ちもあるのだろう。だけれども、私の気持ちも分かっている。息子を手放してしまった自分が、幸せになるなんて有り得ない。ずっと、そう言ってきたから。
宏海がさっき言ってくれたこと。素直に嬉しかった。あのアトリエが心地良さそうで、大型犬を飼って、庭で遊ぶ毎日を想像してしまった後だったから余計かもしれない。これまでの時間を、彼も同じように愛しいと思ってくれていた。二人であそこで暮らしていけたら、どんなに幸せだろう。この手を掴めたら……私はどれだけ幸せだろう。そう思った。思ってしまった。
けれど、夢と現実は別の物。私には、自分の幸せよりも優先させなければならないことがある。カナタが望まないことは、絶対にしない。もしも私が宏海の手を取れるのだとしたら、息子が母の幸せを望んでくれた時だけだ。だから今の状態では、ごめんなさい、と言うしか出来なかったんだ。
でも、本当は言いたかった。少し時間をもらえませんか、って。僅かな希望を繋いでおきたかったから。けれど宏海は、それを聞いてはくれなかった。