だって、そう決めたのは私
「あぁどうしよっかな……」

 日が落ち始めた時間。思いつくのは、飲みに行く以外ない。暁子はまだ仕事だし、一人カウンター酒でもいいか。こんな時は、お洒落な店じゃなくてガヤガヤ煩い方がいい。肉豆腐と冷や酒なんていいな。そう思いついて、駅前の大衆酒場を目指す。それだけで足取りが弾むのだから、随分と年を取ったものだ。買い物袋をぶら下げている人。何を食べようか、店先を覗いて考えている人。デートなのか、手を繋いだ若い男女。色んな人がいる雑多な世界に身を置いて、少しずつ安寧を取り戻し始めていた。

 やれやれ、と前を向いて、他のつまみを考える。さっぱりした物がいいから、タコワサとかでちまちま飲もうかしら。あぁでも、手羽先みたいなので、グッとビールを飲むでもいいな。悲しい独身女の休日。いやでも、好きなものを食べて飲むのだ。至極の休日と言おうじゃないか。勝手に今日という日に名を付けて満足した時、仲良く手を繋いだ母子とすれ違う。きょうのごはんはなぁに、と、ワクワクした眼差し。見返す母親の笑顔。あまりにもそれが幸せそうな光景で、薄汚れた自分が急に恥ずかしくなった。あんな幸せは二度と私の元へは来ない――温まった心が、一気に冷えていった。

 体は自然と向きを変え、人の少ない方向へ歩き始める。今目にした幸せが手に入るわけでもないのに、拳をギュッと握り込んで。すれ違う人が皆、誰かが待っている場所へ帰ろうとしているように見える。大丈夫、私は寂しくはない。そう言い聞かせて、気付けば歯を食いしばっていた。辿り着いた大きな公園。もう人気は余りなく、池の端で絵を描いている人がいるくらいだ。まだ暑いというのに、熱心だな。ちらりと横目で見ながら、後ろをズカズカと通り過ぎた。
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