だって、そう決めたのは私
「ねぇ、母さん。おじいちゃんとおばあちゃん……俺のこと忘れてない?」

 注文を終えて一息ついたら、カナタが小さくそう言った。だいぶ大人になったけれど、まだこんな子供らしい顔をする。不安が隠しきれていないそれが、私はとても愛おしかった。

「何言ってるの。忘れるわけないじゃない」
「……うん」

 自信なさげに下を向いたカナタの頭を撫でる。もうそんな年じゃない、と思われているだろうが、私にはまだ五つの幼子に見える時があるのだ。 

「母さんとは、俺の話したりした?」
「あぁ……それはない、かな。ほら、私がそういう状態ではなかったから。でも、私に言わないだけで、二人では話してるはずよ。今でもあなたが家の前で取った写真、飾ってあるもの」
「本当に?」
「うん。茶の間、というか今はダイニングになったけど。そこのテレビの横を見てみなさい。ママの小さい頃の写真がたくさんあって、そのちょっと後ろの方にあなたの写真があるから」

 両親が私に黙って、あの写真をいつまでも飾っていることは知っている。いつまでも私の幼い頃の写真を沢山置いてあるのは嫌だったが、それはきっとカムフラージュなのだ。孫の写真をいつでも見られるところに置いておきたいけれど、私が気付いて、傷付くのは嫌だった。多分、そんなところだろうと思っている。ずっと気付いているけれど、私からは何も触れてはいない。昨夜も、それはちゃんとあった。まだ小さくて、可愛らしかった頃の写真。

 うん、と頷いたカナタは、胸に手を当ててゆっくりと息を吐く。 あぁ緊張しているのだ。

「ねぇ、母さん」
「ん、何も心配することないのよ?」
「うん。それは分かったけどさ。俺が聞きたいのはそうじゃなくて。昨日、あの後大丈夫だった? もしかして、上手く帰れなかったんじゃない?」
「あ……そっちか」

 何となく、目を背けた。彼の言う通りではあるが、何と言うべきか。答えに悩めば、ちょうど良くランチのサラダが届いた。心の安寧を保とうと、そっちに気を向けた私に、カナタも何か察したのだろう。何も言わず、黙ってフォークを手に取った。

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