ジングルベルは、もう鳴らない
「あぁ、ほら。樹里ちゃん覚えてるか分かんないけどね。私、元々社内広報にいたじゃない?」
「うん。初めの配属はそうだったよね」
「そう、それで知ったの。えぇと、平野くんって将棋部でしょう?」
「え、そうなの?」
「そうです、そうです。部員も少なくて、地味なんですけど」


 大樹は恥ずかしそうに頭を掻く。部下のサークル活動は知っているつもりだったが、これは完全に抜けていた。将棋部。確かに地味だが、歴史は古いらしい。だけれども、部内に将棋部の部員がいることすら聞いたことがなかった。 


「もっと入って欲しいねぇなんて言ってるんですけどね。皆、引っ込み思案で勧誘が下手なんですよね。自分たちなりに頑張ってるんですけどねぇ。増えません」
「まぁ会社的にもね。どうしても食事系のサークルの方が活発になるもんね」
「そう。だから、珍しいなって覚えてたというか。知ってましたね。話したことはなかったですけど」


 朱莉の言葉に、ニヤニヤと嬉しさを隠せない大樹。声も掛けられない高嶺の花の朱莉が、自分を認識していたのだ。まぁ仕方がないか。樹里はちょっと引き気味だが、朱莉は何も気になっていないようなのが幸いだろう。

 大樹の恋は、とても純粋だ。大人の恋とは呼べないほどに、まだ青々しい。だから、樹里のあの気持ちは恋ではないのだ。彼のような純粋な思いとは違う。じゃあ、この気持ちの正体は何なのだろうか。樹里はちょっと知りたくなった。
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