ジングルベルは、もう鳴らない

第22話 転がるのか、転がらないか

「で、本当はどうなの?」
「あ、あぁ。うん」


 大樹と別れてすぐ、朱莉は樹里へそう言葉を向けた。彼がいたら話さない。あの場であれ以上突っ込まずにいたののも、それが分かっていたからだろう。チラッと樹里を覗き込み、何かはあったよね、と笑う朱莉。見透かされているな。苦笑いするしかないが、電車に乗り込みつつ、樹里は口を開いた。


「何かは、確かにあったの。本当に大した話じゃないんだけど」
「えぇ。でも恋というか、男の人と何かがあったんでしょう?」
「まぁ、そうだね。男の人、だね」


 彼女には素直に話すことにした。斎藤という名の隣人の話を。ブンタという可愛い犬がいて、その子を通じて話すようになったことを。朱莉なら絶対に茶化さない。同じ目線を持った人に会った喜びだと、分かってくれる。そう思っていたから。


「分かる、分かるよ? けど、もう気になってるじゃん。好きかどうかというよりも、その手前? みたいな。だってそのおじさんのこと、つい考えちゃうんでしょう?」
「おじさんって……まぁ。うぅん、何て言うか。会いたいとか思うわけじゃなくてね。あの男と別れて、唯一淋しいなと思うことがあって。それが、そういうちょっとしたことを話せる相手がいないって気付いたことだった。だから、同じようなことに気付ける人だってことが、嬉しいなって思ってて」
「思って? ドキッとした?」
「ドキッとはしてない、けど」


 ドキッとはしていない。ただ少し跳ねただけ。嬉しいって、心が喜んだだけ。ときめいてはいない。今夜も、言い訳のようだった。本当は隣の部屋の扉を、チラチラと気にしていたりする。ブンタに会えないかな、と思っていたりする。そうだ。会いたいのはブンタに、だ。


「犬には会いたいなぁって思うんだけど」
「それって飼い主も一緒にいるじゃん」
「そう、だよねぇ」


 当然のことを返されて、樹里は珍しくオドオドする。駅に停まり開閉するドアを見つめて思っていた。これは恋ではない。そう思っているのは、間違いなのだろうか。
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