婚約破棄?   それなら僕が君の手を
 横に並んで歩きながら、ルナはいろいろ話をしてくれた。少し前に9歳になった事、父は伯爵で3歳になる弟がいること。母のお手伝いで薔薇の実を摘んでいること。ルナの話からは幸せが溢れていて、リシェルも嬉しくなる。

 5分ぐらい歩いたところで、ようやく屋敷の建物が見えてきた。リシェルが住む王都の屋敷よりも少し小さいが、白塗りの壁はよく手入れされていた。建物の入口の前に人だかりができている。
「たくさん人がいるわ?何かあったのかしら。」
ルナがつぶやくと同時に、その中の一人がこちらに気づいた。
「……リシェル様!!」
その言葉に反応したのは人だかりの中心にいた父で、彼は素早くリシェルに駆け寄り、抱き寄せた。
「ああ、よかった。」
大きく息を吐いた父はしばらくリシェルを離してくれない。自分の不在がそれほどまで心配させてしまったのかと罪悪感がわいてくる。
「父上、ごめんなさい。」
「いや、私も悪かった。仕事に集中しすぎて、リシェルから目を離してしまった。すまない。」
父と会えたことに安心してしまうと、この抱きしめられている状況が恥ずかしくなってくる。
 更に
「リシェル様、迷子になっていましたの?」
「えっ?」
ルナに迷子になっていた事がバレてしまった。ますます恥ずかしく顔が赤くなっていく。
「君がリシェルを見つけてくれたのか?本当にありがとう。」
ようやくリシェルから離れた父が、隣りにいたルナにお礼を言っていると、知らない男性がやってきた。
「公爵様、御子息が見つかって良かったです。安心しました。」
男性は父より少し若くて、優しい表情をしていた。
「ありがとう伯爵殿。こちらのお嬢さんが見つけてくれたようだ。」
「ルーナが?」
男性は一瞬驚き、すぐさま嬉しそうな笑顔でルナの頭を撫でた。
「ルーナ、ありがとう。」
「お父様、ルナは何もしてないわ。お母様に言われてローズヒップを摘んできただけよ?」
「そうなのか。ではそのローズヒップでみんなにお茶を振る舞ってくれるか?」
伯爵はルナの言葉を否定せずににこにこと受け入れている。
「ではお母様と一緒にご用意いたします!」
ルナはかごを持ったまま、楽しそうに建物の中に入っていった。
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