婚約破棄?   それなら僕が君の手を
 そのあと、テイラー伯爵(ルーナの父)はケント公爵である父とリシェルを屋敷内のサロンに案内してくれた。父の同僚たちは宿泊する予定のホテルに先に戻るらしい。
 今回の父の視察の目的はテイラー伯爵の領地の産業について調査することで、それについては恙無く調査は終了したらしい。
「この度は調査のご協力をありがとうございます。テイラー伯爵は堅実な方だと聞いておりましたが、その通りでしたね。特に修正をお願いすることもないでしょう。」
父はにこやかに伯爵と会話している。
「公爵様に来ていただくのですから、お手を煩わせてはいけません。この領地の薔薇産業は私の妻の功績が大きいのです。ここまで手広くできたのは妻のおかげです。」
伯爵は謙遜しているのか、本心なのか眉尻を下げて話していた。
「それにしても御子息に大事なくて良かったです。男の子とはいえこんなに美しいのですから、事件に巻き込まれる事があってもおかしくはないでしょう。」
「まったくです。リシェルに何かあったら、私は家族に袋叩きにされますよ。」
父は隣りに座るリシェルの頭を撫でながら話している。
「愛されてますね。それでは婿に行かれるときは大変でしょうね。」
「いえ、この子を婿に出す気はありません。」
やけにきっぱりと父が言う。この頃は不思議に思わなかったが、大人になって思い返すとこの父の発言はいろいろとおかしい事に気づかされた。普通貴族の四男ともなると、引き継ぐ爵位が複数ない限り、別の貴族に婿入りするか平民になるしかない。リシェルにずっと独身でいろってことなのだろうか。
 テイラー伯爵は反応に困ったようで額に汗をかいて微笑んでいた。
 リシェルはといえば、不思議な味のするお茶について頭をめぐらせている。いつも飲んでいるものよりも酸味があって蜂蜜の甘さが優しく感じられる。先程食べた薔薇の実だろうか。
 並んで歩いていたルーナの天真爛漫な笑顔が思い出されて、リシェルは自然と笑顔になった。
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