政略婚姻前、冷徹エリート御曹司は秘めた溺愛を隠しきれない
政略的結婚の行方


喜怒哀楽が伴った思い出は、記憶に鮮明に残るという。なかでも怒りと悲しみは、特にその傾向が強いのだとか。

明花は目の前の建物を見上げ、日に日にあたたかさを増しつつある三月中旬の空気には不釣り合いな重い息を深く吐き出した。

オフホワイトの壁にオレンジの瓦屋根、レンガをポイントに配した南欧風の邸宅は、二十六歳の明花が大学を卒業するまで暮らしていた家である。
いい思い出のないこの場所へはできれば来たくなかったが、大事な話があると父から連絡があり、仕方なくやって来た。

インターフォンを押してほどなくすると、父の秋人(あきひと)が自らドアを開けて出迎える。


「お父さん、お久しぶりです」


明花は肩より少し長い髪を片方の耳にかけ、軽く頭を下げた。


「よく来たね、明花」


会うのは一年ぶり。たまには一緒に食事をしようと誘われ、フレンチレストランで夕食をともにしたきりだ。
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