嫌われ者で悪役令嬢の私ですが、殿下の心の声には愛されているみたいです。

53

〈うぐっ、ロレッテの胸が柔らかい……いま食べた、ふんわり焼きのようだ〉

(ふんわり焼き?)

「……オル、動かないで」
「ごめん、ロテ」
 
 慌てて、オルフレット様を胸に抱き込んだのはいいのだけど。彼の体温、吐く息が布越しとはいえ肌にかかる。

〈いい匂いだ……それに、あたたかくて気持ちがいい……〉

 ロレッテはくすぐったい感覚と、なんとも言えない感覚に手を離そうとした。そこにメアリスさんが、騎士を連れて現れた。

(メ、メアリスさん……)

 冷や汗とドクドクと鼓動が早くなるのを感じながら、顔を下に向けて「早く通り過ぎて」と願ったのだけと、彼女の足音がロレッテ達の前で止まった。

(なぜか、私達をじっくり見ているわ)

 しばらくの沈黙のあと"ちっ"と、メアリスさんは舌打ちをした。

「なんだ、使用人同士のカップルか……一瞬、オルフレットとあの女かと思った、まったく紛らわしい。こんな所に隠れて乳繰り合ってんじゃないよ! ――ほら、あんた達も邪魔をしないで、あっちを探しに行くわよ!」
 
「はい、かしこまりました」

 熟女らしからぬ発言をして、メアリスさんは騎士に命令を出して、この場を離れていった。

(ホッ、見つからなくてよかった……だけど、メアリスさんはオルフレット様が領地から戻ってきていることを、知っていたのかしら? もしかして、彼女がよく使うイベントと関係があるの?)

 さわがしいメアリスさん達が去り、静かになるベンチ。

「ロテ、もうメアリス嬢は行ったか?」
「は、はい」

 抱きしめていた手をそっと離して、オルフレット様に謝った。

「いきなり、抱きしめてしまってごめんなさい。オル、苦しくなかった?」

「気持ち……いや、大丈夫た。ロテ、ありがとう助かったよ」

〈危ない、危ない……気持ちがよかった。と言うところだった〉

(丸聞こえでしたけど……)
 

 
 ❀



 メアリスさんはあれから、戻ってくることはなかった。
 果実水を飲み干し、オルフレット様は懐中時計を胸元から取りだし、時刻を確認した。

「8時前か……ロテ、近くの屋台で何か朝食にできるようなものを買って、泊まる宿に行こうか」

「はい、行きましょう」

 ロレッテ達は近くの屋台をまわり、今日の宿へと向かった。
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