888字でコワイ話

第20話「おつかれ・缶コーヒー」




 入社して半年。

 まだ慣れないけど、上司も先輩もいい人ばかり。

 お陰でなんとかやれている。

 でも、1つだけ困っている。

 職場ではやけに缶コーヒーを送り合う習慣がある。

 営業から戻ると、お疲れと書かれた付箋と共に缶コーヒーが机に置かれている。

 それどころかコピーやお茶出しといった些細な事でも、ありがとうと言われ缶コーヒーをくれるのだ。

 初めは優しい職場だと思ったけど、ここまでされると逆に気を遣う。

 僕も頼み事や親切にしてもらった時は、缶コーヒーを渡す様に心がけた。

 そうしたら先輩に、君は一番下なんだから気を遣わなくていい、先輩達からの気持ちをありがたく受け取って、後輩ができたら今度は君がやってあげればいいんだよ、と言われた。

 なるほど、後輩ができたときにはそうしてあげよう。





 最近では、毎日十数本から多いときは50本近い缶コーヒーをもらう。

 部長が、気持ちだから受け取るのが礼儀だよ、と言うので、毎日お腹がタプタプになるくらい缶コーヒーを飲んでいる。

 お陰でお腹は空かないし、カフェインの取り過ぎのせいか、最近よく眠れない。



「荷物持ってくれてありがとう」

「資料まとめ、ありがとな」



 近頃、皆のありがとうと缶コーヒーが辛い。

 この数カ月、飲まずに持ち帰るようにしていたら、アパートの床半分が缶コーヒーがで埋まってしまった。



「浮かない顔ね、ちょっと休憩したら?」



 やばい! 気遣われるとまた缶コーヒーが増える。



「私も一緒に休憩しようかな」



 げっ、一緒に休憩すると缶コーヒーを飲まずにいられない。

 ゲップを抑えながら、その日なんとか23本目を流し込んだ。





 翌朝、僕の席は無数の缶コーヒーで埋まっていた。

 糖とカフェインの山。

 もはや吐き気がする。

 なんでも僕の作った資料のお陰で大口契約が取れ、社員全員が缶コーヒーがくれたらしい。



「部としても鼻が高いよ」

「人徳あるね、君」



 めまいがして僕は倒れた。

 病院で糖尿病とカフェイン中毒の寸前だと言われた。





 会社を辞めしばらくが経った。

 SNSで新しいハラスメントが話題になっていた。

 #おつかれ #缶コーヒー

 で調べると、その詳しい内容が出てくる。





 以来、僕は缶コーヒーを見る度に、死にたくなる。
                                       





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