888字でコワイ話

第19話「ついている おふだ」

 







 眼鏡がおかしい。

 出先でレンズを割ってしまい、飛び込んだ店で出来合いの眼鏡を買った。

 以来、変なものが見える。



 御札だ。



 人の背中に御札が見える。

 家族友達、街の老若男女がもれなく全員付けている。

 戸惑いながらも、新しい眼鏡ができるまでの辛抱だと思っていたある日。

 目の前を若い母親とその子が歩いていた。

 子の背中から御札がひらひらと風に飛ばされそうになっている。



「取れそうですよ」



 えっ、と母親が振り向いて子の背中や足に触れて確かめた。

 何もないとわかると、怪訝そうに僕を見た。

 言わなきゃよかった。

 でも、触れたせいなのかどうか、御札は子の背中にぴったりと張り付いていた。

 次の瞬間、暴走車が突然親子めがけて突っ込んだ!

 駆け寄ると、タイヤ痕は子の脇すれすれのところでカーブしていた。

 子は無傷だった。



 日をあけず同じ様な事があった。

 混み合う駅のホームで前を行く男性の背中から、ひらりと御札が落ちた。

 先日の事が頭に浮かび、御札を拾って慌てて追いかけたが、見失ってしまった。

 手元に残った御札。



 妙だ。



 漢字が読めないのはいつもの事だが、何か違う。

 黒墨の草書体に加えて、朱墨で妙な印が書いてあった。

 やけに物々しい感じがするが、早く男性に返さなければ。

 そう思いながら改札を出ると肩を叩かれた。

 見ると眼鏡を買った店の店員さんだった。

 大正ロマン風の美人だったのですぐにわかった。



「先日お渡しした眼鏡を返して頂けないでしょうか?」



 聞くと手違いで注文品を渡してしまったらしく、代わりにと別の眼鏡を持って来ていた。

 返さないわけにはいかないだろうと、眼鏡を交換する。



「それもお預かりしますね」



 持っていた御札を店員さんが素早くつまみ取った。



「あの、それ……」 


「持っていてもいい事はありませんよ、

 呪いは」



 店員さんは背を向けて、あっと言う間に人波に消えた。

 不思議に思っていると、ドンという鈍い音がして近くの交差点から悲鳴が上がった。

 人だかりの方を見ると、事故だった。

 御札を落とした男性だった。

 後で知ったが、即死だったそうだ。










 以来、御札は二度と見ていない。

 でも僕は時々、大事な人の背中を撫でる様にしている。

 その人を守れる気がするから。














< 19 / 25 >

この作品をシェア

pagetop