櫻恋う時。
2
そんな機会は、卒業までに意外にも何度もあった。
朝も帰りも、約束してるわけではないのに、たまたま一緒になって登下校することがよくあった。
偶然なのか、運命なのか。
分からないけど、私はその度に胸を弾ませていた。
そのことがあって、私たちのことを“付き合ってるんじゃないか”と噂する声も耳に入ってきた。
でも櫻井くんは知らないのか何にも言わないし、そもそも彼女がいるはずだし、その辺りはずっとうやむやのままで。
彼女の存在を確かめることが怖くて、私は今の関係から一歩踏み出すことができずにいた。
「あーあ、卒業しちゃった」
「うん。なんかあっという間だったなぁ」
「俺も」
卒業式の日の帰り道。
私は櫻井くんと並んで歩いていた。
卒業式の後、人気者の櫻井くんはみんなから写真撮影や寄せ書きを頼まれていて、そんな中話しかけることなんてできそうになかったから、私は諦めてもう帰ろうとしていた。
だけど。
“ちょっとだけ待っててくんない?一緒に帰ろ”
櫻井くんがそう呼び止めたから、今こうして隣を歩いてる。
「もう制服着れねぇとか、信じらんない」
ポケットに手を突っ込んで空を見上げる櫻井くん。
初めてだった。
一緒に帰る約束をして、ここを歩くのは。
どうして私を呼び止めたんだろう。
ほんのちょっとの期待に、トクトク心臓が音を立てた。
「高倉は大学家から通えんだっけ」
「うん。近いから。…櫻井くんは遠いんだよね」
「あぁ。遠いから一人暮らし」
「そっか」
もう会えなくなる。
こんな風に話せるのは、今日で最後。
このままでいいの?私。
気持ちも何も伝えずにお別れして、そんなんでいいの?
「…あ」
不意に聞こえた櫻井くんの声。
顔を上げて櫻井くんの視線を辿ると、あの桜並木が目に映った。
「去年さ、ここで会ったよね」
「…うん、会った」
「早ぇな。あれからもう一年か」
櫻井くんが感慨深げに呟いた。
ほんとに早い。
あっという間に卒業を迎えて、あの時と同じ綺麗な桜並木の景色が目の前にある。
少し目を移すと、あの一人ぼっちの桜も去年と変わらず凛と咲いていた。
「…あのさ、高倉」
「うん」
「なんつーか、その…」
途端に口ごもる櫻井くん。
ちらっとこっちを見た櫻井くんと目が合って、ドキッとした。
「…なに?」
「あーいや、うん…俺さ」
ブーブーブー…
櫻井くんの言葉を遮って鳴った音。
「あ、ごめ…電話だ」
「出ていいよ」
「ごめん」
櫻井くんは気まずそうに笑ってスマホを耳に当てた。
何を言おうとしてるんだろう。
心のどこかで期待してしまっている私がいるけれど、違った時の落ち込みが怖いから、何でもない風を装ってしまう。
「ごめん、高倉。俺学校戻んなきゃ」
電話を終えた櫻井くんが唐突にそう言った。
「え?」
「部活の奴らが集まってんだって。だから俺も来いって」
「あ、そう、なんだ」
「うん。だから、ここで…」
「あ、うん」
「ごめんななんか。待たせといて、こんな途中で」
「ううん全然。…最後に話せてよかった」
「最後……。うん、そだな」
櫻井くんが目を伏せた。
「櫻井くん?」
「あ、ううん。俺もよかった、話せて」
「うん」
「…じゃ、行くわ」
「うん。……あ、あの」
「ん?」
櫻井くんが首を傾げて、私の言葉を待ってる。
「えと……、と、遠くに行っても、元気で頑張ってね」
「え、あ、うん、ありがと。…高倉も元気で」
「、うん」
「じゃ…またな」
「うん、ばいばい」
手を振って学校の方へ戻っていく櫻井くんに、私は背を向けた。
結局、櫻井くんから“俺さ”の続きを聞くことはできなかった。
私から櫻井くんへ想いを伝えることも。
別れる時、櫻井くんが“またな”って言ったから、そのうち連絡が来るんじゃないかって待っていたけど、一回も来ることなく時は過ぎていった。