推しのためなら惜しけくも~壁打ち喪女最推しの特撮俳優は親友の息子で私に迫ってきます

15 秘密の契約

「いえ。あの熱量は私! 大変感動しております! 私も昔は同人者でして。いわゆる古の者、幕張時代なのですが……」
「ジャンルをお伺いしてもよろしいでしょうか……」

 確認したい誘惑に駆られてしまい、抗うことはできなかった。

「ゾディアック・クルセイダーという作品でして。お恥ずかしい。もう何十年前になるかしら」
「わかります! 私も好きでした!」
「思った通り、さらさら先生とは話が会いそう。では同類の同人者としてお願いがあるの」
「は、はい」

 きた。しかし何故か優しい声音で、安心できるものがある。

(同人誌の話とか、予想していた話と違う?)

「天海ソウ――蒼真が貴女に好意を抱いていることを私は知っています。勘違いしないでくださいね。あなたたちの仲を裂くのではなく、支援する方向で考えていますから」
「え? は、はい……」

 何を言われたのかいまいちピンとこない更紗。

「ですが貴女にその覚悟があるかどうかお聞きしたいのです。たとえば、ですが。たとえばですよ? 蒼真君の助けになるためになら、会社を辞めることができるかどうか、です」
「辞めます」
 
 即答だった。どんな理由があるかは知らないが、蒼真のためになるのなら。

(会社を辞めるだけで蒼真君の助けになるなら安いもの。彼はそれだけ幸せな時間を私にくれたから)

「……理由さえも聞かないのね。少し呆れたわ」

 更紗の思い切りの良さに少し驚いたようだ。社会人としては賢明な判断ではないだろう。社長としてはむしろ信用できないかもしれない。

「あの子はガントレットストライカーになるために、様々なものを犠牲にしたんだと思います。蒼真さんのためになら、会社を辞めるなんて簡単ですよ。私が蒼真さんにガントレットストライカーになれと言ったのですから」

 更紗の、ほんのちょっぴりの矜持。蒼真は彼女の言葉で俳優にまでなってガントレットストライカーになったのだ。

「貴女にも相応の意思があるということですね」

 更紗の覚悟も並大抵のものではないと知った遙花は、納得したようだ。

「良かった。では話を続きましょう。有給三日ぐらい取れますよね?」

 遙花の声が明るく軽くなったトーンに変化した。

「ええ? あ、会社のほうで通常の有給なら…… 取れます」
「じゃあ本題に入るわね。――貴女にはマークシープロダクションに所属してもらいます。貴女の会社、副業は大丈夫?」

 断定された。決定事項らしい。会社を辞める覚悟があるなら大丈夫でしょ? と言外に込められていた。

「ま、待ってください。副業はなんとでもなりますが…… 芸能事務所に、私がですか?」
「はい。女優として! 是非貴女にお願いしたいの」
「え? え? なんのためにですか?」
「貴女には女優として映画ガントレットストライカー紫雷に出演してもらういます!」
「……はい?」

 更紗の頭がさらに混乱する。

(私が? ガントレットストライカー紫雷に女優として? 待って待って)

 少し考え、また固まる。

(映画で私が蒼真君と共演ー?!)

 あり得ない話だ。
 更紗はただの壁打ち喪女OLである。

「とはいってもエキストラかちょい役ですけどね。そこは我慢してもらうとして。ギャラも少ないわ。副業申請も要らないかも」
「滅相もない! 私は素人です! お金なんてとんでもない! エキストラに出演させてもらえるだけでも会社を辞めてもいいくらいですよ!」
「職を辞すまではもったいないわ。そこまで思い詰めなくても大丈夫だから。ちょっと脅かしすぎちゃったわ。ごめんなさいね」
「でもどうしてそんなに話が飛躍するのか、少し理解が追いつかなくて」
「今後の伏線ね。同じ事務所なら一緒に歩いていてもおかしくはないし、大谷さくらのように他の芸能人と遭遇する場合だってあるわ。隠しきれないならオープンカードで勝負すればいいだけのことよ」
「そういう考え方もあるんですね。でも私なんか、普通の女で…… 顔も見ないで採用なんてあり得るのでしょうか」
「写真を拝見させていただきましたわ! 素敵でした! ゴシックロリータ衣装とあわせて幻想的な雰囲気を醸し出していましたね」
「うぇ。あれをみたんですかー!」

 変な声が出てしまった。思い当たるといえば蒼真と垓が撮影したゴスロリ写真だ。

(どこの世界に一般人のゴスロリを撮影して芸能事務所の社長に見せる俳優がいるのよー!)

 半泣きになりつつある更紗。
 
「ゴスロリはもう流行ファッションではありませんよぉ」

 泣きついてみた。

「そこがいいの。ライバル不在でしょ。原宿系の一種です。若い女性の支持も期待できるわ。それにね。昔からゴスロリなんて、お金に余裕がなければ出来ない人のおしゃれだったじゃない。レトロかつクラシカルならゴスロリという記号は最適だわ! どうやらソウのゴスロリ趣味は貴女の影響みたいね」
「結が言うにはそうらしいです」
「やっぱり! 結さんのご友人というところも私的にはポイントが高いんですのよ。貴女は慎重で、道理を弁えている。そこが蒼真との交流でも伝わりました」
「ありがとうございます」

 何やら褒められているようで、更紗も嬉しくなった。

「それではこのお話を受けていただけるかしら?」
「よろしくお願いします」
「良かった! それでは私からも連絡をするので、あとはメールでやりとりしましょう」

 お互い礼をいい、電話を切る。

 蒼真から転送してもらった画像をプリントして眺める遙花。眼は芸能事務所社長のそれだった。

「即答でしたね。推しのためなら惜しけくも。――かくのみし 恋しわたれば たまきはる 命も我は 惜しけくもなし」

 更紗の覚悟を和歌に例える遙花。

「三十代の一般人がKawaiiを体現している。この時代に【普通】や【今でも】などという余計な言葉は要らないわ。女の子はいつでも、いつまでも可愛いんです。人気がでるかはわからないけれど、印象は大事なんですよ更紗さん。貴女はクリアしています」

 誰にともなく呟く遙花。
 
「昔懐かしの、今はアニメやラノベの中にしかいないような正統派ゴスロリというキャラはね。同年代の共感を得るキャラとしては強い。昔バンギャだった人も多いでしょう。私の世代がお立ち台やジュリ扇を懐かしむように」

 どの世代にどうアピールするか。方向性は持たねばならない。

「おっと。一回限りの出演ということも忘れていたけど、人気次第では続投の十分ありですね。私の事務所に所属してもらえるんですしね」

 これから起こることを予期して、むしろ楽しそうに語る遙花だった。
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